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- ドラマ「スナック キズツキ」傷ついた心に必要なもの
同世代コラムニストの矢部万紀子さんのカルチャー連載。今回は益田ミリさんの漫画が原作で、テレビ東京で放送中のテレビドラマ「スナック キズツキ」を取り上げます。日常の中で小さく傷つくことってありますよね、そんなささくれた心を癒やしてくれますよ。
原田知世さん主演のドラマ「スナック キズツキ」
原田知世さんといえば、きれいでふんわり。そう思っていましたが、2021年10月8日から始まった「スナック キズツキ」(テレビ東京、金曜深夜0時12分〜)は違いました。ふんわりしていない原田さんが導く、とても良いドラマでした。
まずは最初のナレーションを紹介します。
<誰かにだまされたわけじゃない。誰かに裏切られたわけでもない。泣きたいほどひどい目に遭ったわけではないけれど、ほんのささいな出来事に心が傷つくことがある>
スナックキズツキは、傷ついた人だけがたどり着くというスナックです。お酒は出ません。原田さん演じるのは、ママ・トウコ。入ってきたお客に「今日もお疲れさん」と言い、お客の二人称は「アンタ」です。ふんわり度が低いだけでなく、不思議な圧があります。それが絶妙な効果をもたらします。
初回のお客は、コールセンターのオペレーター・中田さん(成海璃子)です。職場ではクレーム電話に手こずらされ、約束している彼には待たされます。居酒屋で皿うどんが食べたいと思っていたら、やっと来た彼はモロキュウを頼みます。
「スナック キズツキ」で始まるミュージカル
会話も弾まず彼と別れ、たどり着くのがスナックキズツキ。中田さんはソイラテを注文、トウコさんは丁寧にコーヒーをいれることから始めます。そして、「うちはカレーもおいしいよ」。不思議な圧=存在感ですすめます。カレーの次は、カラオケ。「ところでアンタ、キーは低めかな」といきなりマイクを渡し、ギターを手にこう言います。「適当に合わせるから、好きにやっちゃって」。何を歌えばいいのかと聞く中田さんへの答えは、「今のアンタの気持ちだよ」。
そこからミュージカルになりました。トウコさんの不思議な圧が不思議な空間にリアルさを与え、ミュージカル風味もあまり違和感はありません。「わたしはあなたじゃない、中田だ〜。最初に名乗っているのに、誰も聞いちゃいないのさ〜」と始め、気付けば職場で歌っている中田さんは時々スナックに戻り、トウコさんが合いの手を入れます。カラオケだけどミュージカル、ミュージカルだけどカラオケ。
「2番、いいですか?」と断り、彼との関係を歌います。「付き合って2年の彼〜。いつも自分のことだけしゃべってる〜。あたしには質問しないよね〜。徹子の部屋のゲストのつもりなのかな〜」。悲しい恋模様ですが、爆笑です。そしてこの歌、こう終わりました。「会ったあとは、うらさみしい〜。そう、わびしいのさ〜」。
歌っているうちに、中田さんは本心に気付いたようです。でも、発散したから、明るくなります。傷ついた心に必要なのは、他人のなぐさめより自分の発散。ただし、そこに連れていってくれるのは、誰かの優しさだとしみじみします。そして、歌いたくなります。
私も小さく傷ついたことを歌っちゃいます
例えば、私がある店で支払いした時の歌です。ポイントがつくからPというカードは持っているか、と聞かれました。Pはないけど、Pと連携していると聞いたことのあるDは持っていました。だから「これならあるのですが」とDを出したところ、「ぜんっぜん、違います」と言われたのです。
「違うことは知ってるよ〜。でも、連携してると聞いたことがあったのさ〜。だから出したのに、『ぜんっぜん』は悲しい〜。せめて『ぜんぜん』では、ダメだったかな〜」
この年ですから、恋愛模様で傷つくことは、残念ながらないです、最近は。ビジネスシーンで傷つくことも、以前よりだいぶ減りました。でも弱みはあって、それは最新の「使うとお得で便利なもの」。「ポイントカード」もそうだし、「アプリ」はもっと苦手です。それをなんとかついていこうとがんばっているのですが、スイスイとはいきません。最近導入したPayPay(ペイペイ)もノロノロ支払うと迷惑そうにされ、そのたび軽く傷つきます。「スキャンかバーコードか、すぐに反応できないのさ〜。許しておくれ〜」。
トウコさんの不思議な優しさに、つい歌いたくなります。脳内カラオケだけでなく、スナック キズツキで歌いたい。そう思う夜中です。
次回予告を見たら、中田さんにクレームをつけた安達さん(平岩紙)がスナック キズツキにいました。楽しみなので、買いました、原作、益田ミリさんのコミック『スナック キズツキ』。
帯に、<キズついて、キズつけて、生きてる。>とありました。傷ついた中田さんを傷つけた安達さんも傷ついている。そういうつながりが描かれていました。原作の雰囲気を忠実に再現、ミュージカル風味でさらに立体的になったドラマです。見て、傷を知り、歌って、発散する。コロナ禍でこもりがちな日々だからこそ、すごくおすすめです。
矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)
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