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- ドラマ「ナビレラ」人生後半こそ幸せに積極的であれ
コラムニストの矢部万紀子さんのカルチャー連載。今回は韓国ドラマ「ナビレラ」のレビューです。主人公は、幼い頃の夢“バレエ”に挑戦するシニア男性。「何歳でも挑戦できる」という美辞麗句以上に、人生の深い部分を問われたという矢部さんの感想とは?
かつての夢を追うシニア男性が主人公のドラマ「ナビレラ」
「年齢を重ねてからの挑戦」が描かれ、母親世代がすごく励まされているそうですーーそう教えてくれたのは、アラサー女子でした。「ナビレラーそれでも蝶は舞うー」(Netflix)というドラマの話です。ずばり「母親世代」なので、早速見てみました。
泣けました。名作でした。「シニアの挑戦」以上に、いろいろなことを問いかけられました。短く言うなら、「仕事」と「好きなこと」と「幸せ」の関係でしょうか。全12話と韓流ドラマにしては小ぶりです。ぜひ見ていただけたらと思います。
主人公は、子どもの頃からバレエに憧れていた70歳の老人・ドクチュルと23歳のバレエダンサー・チェロクです。ドクチュルは友人の葬儀からの帰り道、雑居ビルの中のスタジオで踊るチェロクを偶然見かけます。それがきっかけで、ドクチュルはチェロクにバレエを教わります。
なぜバレエを習いたいのか。ドクチュルはこう説明します。「今まで一度も好きなことをしたことがないんです。生計を立てることに精いっぱいで。夢を持つことすらできなかった。それが当然でした」。だからしたいことをしてみたい、バレエをしたい、と。
「好きなこと」と「生計を立てること」が別なものとして語られます。仕事以外に好きなことを求める気持ちを持つのは、人間として当然です。でも忙しく仕事をしていると、別なことに意識がいかない。往々にしてあることです。だから70歳になって、バレエを習いたいと思えたドクチュルは、とても幸せです。
「シニアの挑戦」以上に生き方を問うシーンが見どころ!
ドクチュルは、まず試験を受けます。老人にバレエが踊れるわけがない。そう思っているチェロクがわざと難しいポーズを教え、「1分間、そのポーズで立てたら教える」と無理な要求をするのです。試験の日、必死にポーズをとりながらドクチュルが脳裏に浮かべるのは、郵便配達の仕事を始めたばかりの日々です。配達地域の住所と名前を必死に覚え、先輩から「大したやつだ」と言われた。その時を思い、ふらふらになりながらもドクチュルは1分耐えたのです。
仕事はお金だけでなく、喜び、誇りを連れてきてくれます。それが生きる支えになるのだと、「仕事」と「好きなこと」の分かち難い関係を教えてくれる場面でした。一方で、お金を稼ぐためにはさまざまな面倒なこと、嫌なことが求められる「仕事」の無常さも描かれます。両方があってこそのドラマで、「シニアの挑戦」以上にたくさんのことを問いかけられた気分になるのです。
ドクチュルはバレエを「趣味ではない」と言います。挑戦という、あえて言うならダラダラと続く「線」でなく、その先にあるはずの「点」を見すえているのです。それには理由があり、それがストーリーに説得力を与えますが書かないでおきます。合格後のドクチュルは懸命にバレエに取り組み、ある「点」に到達します。同時にチェロクも変わり、彼が到達する大いなる「点」も描かれます。二人の日々は切なく美しく、このドラマは「何かを成し遂げる」尊さを描いているのだと感じました。
もう一つ、強く心に残ったのが、「幸せと感じることで、幸せになろうよ」というメッセージです。これ、当たり前のことを言っているようですが、なかなか難しいことだと思います。
自分の人生で幸せに感じるものは何?
ウノというドクチュルの孫娘が出てきます。大企業のインターンになったものの、正社員として採用されるための最終試験に落ちてしまいます。ウノは「ランニングマシーンを走っている気分」だと、バイト仲間であるチェロクに言います。中学、高校、大学、就職、ずっと息を切らして走ってきたのに前に進まない、と。
チェロクは、自分の過去を語ります。父に言われるままにサッカーを続けてきたが、バレエと出合い、初めて自分の意志を通した。「幸せになりたくて」そうしたのだ、と。「君は、何をしている時がいちばん幸せ? それを見つけたら? 僕は知る由もない。君の幸せを見つけられるのは、君だけだから」。チェロクがそう言います。
ウノは「幸せと感じるもの」を探すため、大企業への就活をやめる決心をします。ウノだけでなく、銀行の副支店長であるウノの父も、ある事件をきっかけに「幸せと感じるもの」を見つめ直します。ドクチュルとその家族が、「幸せと感じる何か」を見つけていく物語でもありました。見終わって、「佳品」という日本語が頭に浮かびました。
最後に、自分の話を少しします。4月から韓国語を学び始めました。きっかけは1年前、Netflix「愛の不時着」でヒョンビン沼に落ちたことです。最初の緊急事態宣言の息苦しさからすがるように見たドラマが、韓国語の学びを連れてきてくれました。記憶力が激しく低下していて、ついていけない気持ちにもなります。でも3度目の緊急事態宣言の中で見た今回のドラマで、ドクチュルの書いたハングルが、ほんの一文字ですが読めました。諦めず続けようと思います。
矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)
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