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- エッセー作品「蕎麦屋にて」西山聖子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。西山聖子さんの作品「蕎麦屋にて」と青木さんの講評です。
蕎麦屋にて
コロナのために控えていた外食も、ようやく出かけやすくなり、
3年ぶりに1人で東京の蕎麦屋に入った。
お昼には少し遅い時間の割に混んでいて案内された席に着くと、すぐに隣の席に70代前半と思しきご夫婦が座った。
私は先ず日本酒の熱燗と旬の青菜のお浸しを注文し、盃でちびちび飲み始めた。
席が近いため隣の会話が自然と聞こえてしまう。
暫くして店員さんに謝っている女性の声がしたので、そちらをチラッと見ると、
次に怒った声で「何でそんな風に言うの? あなたとは2度と一緒に食べに来ませんから」と妻が先制攻撃に出ている。
夫は「うるさいな」とムスッとしたままだ。
どうも夫は店員さんにお茶を出すのが遅いと文句を言ったようだ。
忙しい店員さんに上から目線で文句を言うなんて、それは奥さんとしては申し訳ないし怒るのは当然ですよと私は内心応援していた。
しかし2人の会話はそこからピタッと止まり重い沈黙が続く。
注文したお蕎麦が届くと無言で食べるだけなので、全く関係ない隣の私までこの気まずい雰囲気がつらくなってきた。
すると、蕎麦が痞(つか)えたのか奥さんが急に激しくむせた。
その瞬間、夫が「大丈夫か?」と心配そうに声をかけた。
「大丈夫。年取るとむせやすくなるのよ」と妻も照れ笑いで答え、会話が再開したので、何故か私までホッと安心する。
そのうちに後から注文したお蕎麦が届いてゆっくりと食べていると、反対側の席に中年女性と中学生位の男の子が座った。最初は親子だと思っていたが、会話を聞いていると叔母と甥の関係だとわかってくる。
メニューを見ながら「何頼む? 何でも好きなもの選んでね」と叔母が言うと「せいろにします」と答える。
「天ぷらとか付けなくて良いの?」「うん。僕はこれが良いです」ときっぱりと言う。
「じゃあ叔母さんもそれにするね」
そして2人で運ばれてきた蕎麦を「美味しいね」と仲良く楽しそうに食べている姿がとても微笑ましかった。
おそらく彼は叔母さんに遠慮してメニューの中で一番安いのを選んだような気がしたが、
それを全く感じさせない受け応えに感心した。
蕎麦屋に入る前に買った服の話から、この春中学に入学が決まり、お祝いしてもらっているらしい男の子のキラキラした笑顔に私まで嬉しくなる。
熱燗で体も温まったが心も温まった、早春の午後、蕎麦屋のひとときだった。
青木奈緖さんからひとこと
お蕎麦屋さんではごく自然にほかのお客さんの会話が聞こえてくることがありますね。読者それぞれが行きつけの蕎麦屋さんの店内を想像しながら、この作品を読むことができるのではないでしょうか。
手軽なカップ麺もありますから、今どきの中学生には「天ぷらそば」の方がはるかになじみがあるでしょうに、迷いなく「せいろ」を注文する学生さんがいるのですね。そんなところからもこの中学生の性格が窺い知れます。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間。
ハルメク365では、青木先生が選んだ作品と解説動画をどなたでもご覧になってお楽しみいただけます(毎月25日更新予定)。
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