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- 「天使も悪魔も身の内にある」説田文子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コース 第7期の参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。テーマは「天使」です。説田文子さんの作品「天使も悪魔も身の内にある」と山本さんの講評です。
天使も悪魔も身の内にある
大阪北区の天神橋筋商店街に「てんしの紅茶クリームパン」というのがある。
「てんし」は「天四」にかかっていて、天神橋四丁目のこと。
たぶん、「天使」もかかっているのだろう。大阪やからね……?
天神橋筋商店街は、1丁目から6丁目まである日本一長い商店街とのこと。
多種多様な店があるアーケード街で、面白くてついつい歩き回ってしまう。
さてところで、「てんしの紅茶クリームパン」は、小ぶりで手に取りやすい。
高カロリー摂取の罪悪感も少なめ。甘すぎず、茶葉の香り溢れるなめらかクリームに、もう一つ手を伸ばしたくなる。
控えたはずのカロリー、これでは意味がない、と思いながらも。……至福の味わいである。
「商店街をたっぷり歩いたから食べても大丈夫だよ。」と、天使が耳元でささやく。
いや、悪魔なのかもしれない。
気がつくと、もう1つ食べている。
天使も悪魔も身の内にある。そして、それらのせめぎあいで日々生きていく。
ある土曜日、朝からの雨が昼前に上がる。
「今からバラ見に行かない?」
朝からダイニングテーブルでノートパソコンに首っ引きだった夫が言った。
こちらにはそんなつもりはなく、ボチボチ家事を進めていたので、
「急に何を言い出すのだ。段取りというものがあるのに!」
私の中に灰色のモヤがわいてきた。
だが、ちょっとバラに心惹かれ、モヤは薄白くなり、急ぎ支度をして出かけることにした。
車で小一時間。カーナビに誘われながら、魅惑の花園に到着。
開花シーズンだが、雨の後のためか人出も少なめ。するすると駐車し入場すると、広々とした園内一面、色とりどりのバラに「はっ」と息をのんだ。
「すごーい。スケールが違うね!」
連れてきてくれてありがとうの代わりに、夫の肩をバシバシ叩いた。
ガーデニング例として植えられたバラの通路は、体を横にしなければ通れないほどで、バラと密着する感覚を味わえる。
ふと子供の頃、秘密基地をすすき原っぱで作った時のような、高揚感がよみがえったりして。
「うーん、ドキドキする。幸せだあ。」
その後も、ニヤニヤしながら園内をゆっくり散策してバラを堪能し、帰路につく。
「バラを見に行こうなんて、自分から言うようになるとは思わなかったなあ。」
夫がふとつぶやいた。
企業戦士世代の夫にも、このごろは、天使がほほ笑んでいる。
山本ふみこさんからひとこと
「てんしの紅茶クリームパン」と、「バラを褒めにゆく」と、この作品も二つの物語から成っています。書き手の内面がさりげなく、しかし正確に描かれているところに打たれました。
天使も悪魔も身の内にある。そして、それらのせめぎあいで日々生きていく。
このくだり、お見事です。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
現在は第8期の講座を開催中(募集は終了しました)。次回の参加者の募集は2022年12月を予定しています。
詳しくは雑誌「ハルメク」2023年1月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。
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