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- エッセー作品「道具箱」車屋王和さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コース 第7期の参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第2回の作品のテーマは「修理」です。車屋王和さんの作品「道具箱」と山本さんの講評です。
道具箱
針仕事をしていると心が落ち着く。
気付けば半世紀ほど愛用している鎌倉彫りの針箱。漆(うるし)も所々禿げて年季がはいっている。
針に糸を通す時に、糸巻を左手に持ち、30センチほど糸を張り、右手人指しゆびに数回クルッと巻きつけ、親指で何度も弾くと、まるで三味線の弦を撥で叩いているかのような音が、なんとも小気味良い。
その瞬間柔らかくよれていた糸が、まっすぐな線になり一気に小さな針穴に入っていく。
小さな孫が時々、「おばあちゃん、靴下に穴があいちゃった」と見せるので、繕ってやると嬉しそうな様子ではしゃいでいる。
わたしが子供の頃、両親は何でも修理修繕をしながら物を大切に暮らしていた。
父は大工仕事も上手にこなし、納屋などは自分で設計して建てるほど器用な人だった。
鋸(のこぎり)も時々、目立て屋さんに持って行き、切れ味を鋭く研いでもらっていた。
一度目は、「おーい、ミーいっしょについて来い」と言ってバスに乗り、下車してから見なれない道を20分ほど黙々と歩くと、目立て屋に着いた。
小さな店先で老人がひとり作業をしていた。
父はなぜ、こんな地味な所に娘をつれて来たのかしら、もっと楽しい所に行くのかと思っていたのに、とガッカリした。
二度目から、それは中学生のわたしの役目となり、刃物を持ってバスに乗ることに、抵抗を覚えた記憶がある。
だが出来上がった鋸を父に渡して、嬉しそうに、包んであった新聞紙を丁寧に外し、ピカピカの刃の立った様子に「こりゃ切れそうやのう」と満足げな姿をみると、まんざらでもなかった。
父は立派な大工道具箱を持っていた。
その中に、さまざまな修理に必要なものがそろっていたので、生活の中心にその道具箱があったと言っても過言ではない。
実際にダイニングテーブルの下に置いてあり、日常生活の中でわたしたちも活用していた。
台風が近づくと、我家のみならず、近所のあちこちの家の窓に、防風用の板を打ち付けてあげ、過ぎされば板をはずし、皆を助ける為に、身軽に立ち働く父。
いまでもその姿が浮かんでくる。
山本ふみこさんからひとこと
美しいエッセイです。なんとはなしに音が響いてくるようで、読後感が心地よいのです。
親指で何度も弾くと、まるで三味線の弦を撥(ばち)で叩いているかのような音が、なんとも小気味良い。
というくだり。この小気味良い音が、作品の中にリズムをつくるのです。さりげない所作や、日常の風景をよくよく観察してとらえたからこそ、生まれる表現だなあと思います。
みなさんへ。
書いているとき、この場面にもう少し立ち止まって描写しようかしら(表現しようかしら)と、考えてみてください。通過してはもったいない印象的な場面も少なからずあるのです。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
次回の参加者の募集は、2022年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから
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