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- エッセー作品「空き缶と段ボールと」いぬいみきさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「めったにない」です。いぬいみきさんの作品「空き缶と段ボールと」と山本さんの講評です。
空き缶と段ボールと
招待もされないうちから押しかけていくのは失礼だ、というのが私の考え方で、だから1人暮らしを始めた息子の家には3年間行かないでいた。
初めて「招待」を受けたのは、彼が結婚して新居に移ると決めた引っ越しの日。
溜めに溜めたビールの空き缶に、西部劇に出てきそうな埃の玉。
洗濯は済んでいるのか、はたまたこれからなのかわからないタオルがいくつもソファーに引っ掛けられている。
これぞ、男の部屋! と言わんばかりの彼の部屋は、多分3年前にはここに希望やわくわく感が詰まっていたのだろうなと思える要素もいくつか垣間見え、できればその時に招待されたかった私は、バンダナを頭に巻き、マスクをして、自分の教育が悪かったと反省しながら掃除を始めた。
荷作りは割と簡単で、新居の方には息子が出向き、私はこちらで荷物を送り出して最後の掃除を済ませ、あたふたと帰宅したのでその日に新居は見ず終い。
義娘(息子の妻である)のナナちゃんに「お母さん、片付いたらご招待しますね」と言われて2年が過ぎた。
そして今日。やっと息子に「招待」されて私は彼らの新居にいる。
南向きの大きな窓を備えた新居には2人が大好きなディズニーのぬいぐるみがいっぱいで、いかにも新婚家庭の様相だけれど、ナナちゃんは出産のため1か月ほど前から里帰り中、息子はベッドの中で高熱にうなされ苦しみ中。
そう、今度の招待もお助け隊が出動しただけのことである。
相変わらず家の中には溜め込んだビールの空き缶や、湿り気を帯びたバスタオル、段ボール箱などが散乱している。主婦不在の家の中はあっという間にザ・男子部屋になってしまったようである。
台所をざっと片付け、おかゆを作り、洗濯機を回してパジャマを干した。床に広がる洗濯物は畳んで引き出しへ。
大量のペットボトルと空き缶を分別してごみ袋に詰める。段ボールをつぶして紐をかけだしたところでふと私は手を止める。
やりすぎてはいけないと気づいたのである。
なんとなく片付いているのはいいが、すごく片付いていてはいけない。里帰り中の家に義母がやってきた形跡を残してはいけない。その微妙な匙加減が意外と難しい。
なぜなら、片付いたら来てくださいと言って2年も私を招待できなかったこの新米夫婦は、もしかしたら片付け上手ではないのかもしれないと思ったのだ。
1度でも本当の招待を受けていれば、どの程度片付けても大丈夫だと分かったのになぁ。
いやいや大丈夫、次の1週間で同じ風景が出来上がるはずと、私は段ボールの束をきつく縛った。
山本ふみこさんからひとこと
この作品に接する読者の反応はさまざまだと思います。感想を語り合いたいところです。
わたしですか? わたしは作家のこまやかな神経(こまやかなだけでなく、思いやりのある)に学びながら、読みました。
「いぬいみき」の率直さ、正直がまぶしいです。書き手は決して自分をよく見せようとしてはいけない、という鉄則をあらためて教えられる思いがしました。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中で、次回第4期の参加者を募集中です。申込締切は2022年1月7日(金)まで。詳しくは雑誌「ハルメク」1月号の誌上とハルメク旅と講座サイトをご覧ください。
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