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- エッセー作品「走った」小波さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コースの参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。 第3回の作品のテーマは「めったにない」です。小波さんの作品「走った」と山本さんの講評です。
走った
愛用のサングラスを無くしたのは昨年のこと。
凹凸の少ない、どちらかというと平板な顔にも収まり良く、度付きで使い勝手も良く、気に入っていたのに。
正月早々、金華山に登る途中で落としてしまった。
途中、外してシャツの首のところに引っ掛けたりしていて、無くしたことに気がつかなかった。
帰り道、探しながら下りたが見つからなかった。
そして、ほんの3ヶ月ほど前のことである。
今度は、楽譜を見るためのメガネを無くした。
藤色のフレームで、蔓(つる)のところが五線みたいなデザインで、とても好きだったのに……。
あちこち探し回ったが、やっぱり出て来ない。無くしたこともであるが、どこで無くしたか分からないことがショックだった。
そして、今朝、散歩に出かけた公園で、40分ほど歩いて、車に乗ろうとしたら……ない!
一瞬、血流が止まった気がした。かけているのを忘れるくらい軽くて、蔓は左右の色を違うのにしてもらい(誰も気がつかないけど)密かに楽しんでいた。
焦る心を宥(なだ)めながら、思い返してみたら、最後に立ち寄って小休止した東屋が思い当たる。
3メートル四方の縁台のようなベンチに、ひっくり返って、メガネを外し、空と木々を眺めた……。
あそこだ!
ここ数年、めったに走ったことのなかった私だったが、この時ばかりは必死に走った。
無くしそうになっている3個目のメガネのために。
途中のルートをショートカットして、膝丈の草の中をなりふり構わずドタドタ走る。
朝露に、パンツの裾を濡らしながら、ぜーぜー、はーはー、走る、走る。
そしてたどり着いた東屋。
遠目にはよく分からず、何もないように見えた……が、近づいてみれば……あった!
ああ、よかった!
3個目のメガネを無くさずに済んだ!
思わぬことで、まだまだ走れることを再確認できた。
「これからは、たまに走ろうかしらん。」
つぶやく私に、別の私が釘を刺す。
「およしよ、危ないから……転んだらタダで済まないよ。それよりメガネに外して置き忘れるのを防ぐチェーンを付けなさい。」
山本ふみこさんからひとこと
「小波」は筆名ですが、大波小波と云うときの「小波」のアクセントで読むことを、先日教室で知りました。
サングラス、楽譜を見るためのメガネを、立てつづけに失くし、またしてもメガネを失くしそうになったという話です。それだけで終わらせず、自分との会話が始まります。これが見事です。
「およしよ、危ないから……」で始まる結び、とてもいいですね。
ここには、書き手が常に携えていたい、「わたし」を見る「わたし」の存在が明らかになっています。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
現在第6期の講座を開講中です。次回第7期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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