通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第3期第1回

エッセー作品「トリセツは苦手です」大井洋子さん

公開日:2021.10.28

更新日:2021.10.28

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「なるべく」です。大井洋子さんの作品「トリセツは苦手です」と山本さんの講評です。

「トリセツは苦手です」
エッセー作品「トリセツは苦手です」大井洋子さん

トリセツは苦手です

「チッチッチッチッチッチッチ」
何の音だろう。
見当を付けて電化製品を見て回る。まさかこれじゃないよね、3日前に壊れて動かなくなったのだから。それでも、電子辞書に耳を近づけると、音がしている。
「チッチッチッチッチッチッチ」
「……よかったあ、壊れてなかったんだ」
期待をこめてフタを開けたが、画面には何の表示も出なかった。

息子からもらったお古の電子辞書は、手紙を書くときやメールするときには欠かさず使い、特に新聞を読むときは、いつも手元において愛用していた必需品だ。
わたしは中学生のころから近視で、遠くはよく見えない。近いところは見えるので、読み書きに支障は感じなかった。
ところが2、3年前から、薄暗かったり照明器具の下では、小さな文字が見えづらい。
電子辞書にはズーム機能があり、文字を拡大して読むことができ、いっそう重宝する。

重宝と持ち上げながら、それ、電子辞書が、テーブルに無造作に置いた雑誌の上から、滑り落ちてしまった。
ガシャンと音がして、すぐに拾い上げると、3カ所ヒビが入っていた。べた付かない緑色の養生テープを貼り付けると、見栄えは悪くなったが使用に差し支えなかった。
ある日、本体上部の小さな部品が知らぬ間に欠け、まもなく破損箇所が拡大した。
開閉時の負担も大きくなっていたのだろう、液晶画面とキーボードのジョイント部分の一方が外れ、もう片方もじきに力尽きて取れた。
見れば養生テープだけが、繋がっていた。

ならばと久しぶりに、国語辞典をひらいた。
いつもキーボードのスイッチを押すだけで使えたので、普通の辞書を使う能力が低下したようだ。
特に、「は行」と「ま行」の順番があやしい。
「あかさたな、はまやらわ」と頭で唱えないと引けなくなっていた。
以前は難無く使っていたから、すぐに慣れると思う。しかし文字がとても小さく感じられる。

そんなわけで、やはり電子辞書の力を借りたい、とわたしは思った。
今でも同じ製品が売られているか、メーカーに電話確認すると、
「数年前に製造中止になりました。申し訳ございません」
わたしは面倒くさがり屋で、電化製品の取り扱い説明書を読むのが、とにかく苦手だ。
なるべく読まずに済むように、同じような機能のものをさがして、インターネットのオークションサイトを見ていたら、中古の同機種を見つけた。

早速、購入ボタンをポチッ、とした。

 

山本ふみこさんからひとこと

共感しながら読みました。

読者の共感を求めることに気をつかい過ぎない方がいいけれど、常に読者を思いながら書くことは大事です。一人よがりにならぬよう、時に自らの考え方、価値観を抑える必要もあるのではないでしょうか。

この作品の力を借りて、一つ。

辞書を傍らに置いて、使い慣れた言葉でも辞書にあたりながら書くことをおすすめします。思い違いの有無を確かめることにとどまらず、言葉選びにも役立ちます。 

 

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。


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ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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