通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第3期第1回

エッセー作品「ああ無常」青木幸子さん

公開日:2021.10.28

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「なるべく」です。青木幸子さんの作品「ああ無常」と山本さんの講評です。

「ああ無常」
エッセー作品「ああ無常」青木幸子さん

ああ無常

半年で6キロ増えた体重を、その後の半年で10キロ落として、コロナ太りへのリベンジができた。
続けてきた努力が見た目で報われ、膝の痛みとも決別できた。

だが、体は軽くなったというのに、いま一つ心が浮き立たない。
数年前着ていた服に再び袖を通せるようになったことで満足し、新調の品を何一つ自らにプレゼントしていないのが、その証拠。

こんな気分のままでは、いつまた逆戻りするやも知れない。
諸行無常の言葉が浮かび、安定することのなかったこれまでが思い出される。
あえてここで、逆手を取って流行りの服をまずはこの身にまとわせてみるか。
外側から気分にアクセスし、後戻りしない爽快な心を作るのだ。そして、久しぶりのネットサーフィンに取り掛かる。

すると、デザインや柄に冒険ができなくなっている自分に気づく。
どうやらトレンドは前も後ろも深いⅤ字の襟ぐり、大きく膨らむポワン袖、足首まで隠れるドレスみたいなワンピースのようだが、腰が引ける。これまで、人の目を引くようなデザインばかりを選んでいたというのに。好みだった黒地に深紅の花柄系にも、もはやときめかない。

内面も見事に無常であった。

「なるべく目立たないように」と、これまで決して聞くことのなかった心の声に案内されて選んだのは、紺地に茶と水色の幾何学模様、大人し目のロングワンピースだった。

そんな客の気の変わらない内にとばかりに、宅急便は翌日に届き、さっそく羽織ってみる。
ところが、これを着て外出する勇気が出てこない。リゾート地ならまだしもと、まさかのへっぴりごしの気分になった。
思いを仕切り直しつつ鏡の前であれこれとポーズをとるが、幕を間違えて登場したピエロのように見えて仕方がなく、心は、床でつぶされた紙風船のようにくしゃくしゃに固まり動けなくなった。

「かわいいワイドパンツ!」

数日後、出かけた美容室での第一声。ぺしゃんこの心はみるみる膨らみ、舞い上がる。
長年なじみの美容師はその日の私のいでたちを褒めてくれたのではあるが、じつは……。
そう、あれから私は新品のワンピースに思い切って鋏を入れた。
リメイクする策に打って出たのだった。
むくれてしばらくながめているうちに、布の量、質感、総模様が、ワイドパンツに向いていると気づくことができたのだ。

無常もなかなかいいものだ。

 

山本ふみこさんからひとこと

独特の表現方法を持つ「青木幸子」。

その魅力を際立たせるため、表現の一部を平板なものとすることをおすすめしようと、青ペンを入れました(ちょっぴり)。読者に向け、わかりやすく書くという目的を考えてのことでもあります。

それにしても、面白い展開。わくわくしながら読みました。

 

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。


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ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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