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- 石井好子さん「この世界をたっぷり味わう」こと
「ハルメク」でエッセイ講座を担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、シャンソン歌手の「石井好子」さん。人生の後輩に伝えたい「たっぷりこの世界を味わう」醍醐味を、石井好子さんが教えてくれました。
好きな先輩「石井好子(いしい・よしこ)」さん
1922-2010年 シャンソン歌手
東京都生まれ。元衆議院議長・石井光次郎の次女。52年パリでシャンソン歌手としてデビュー。帰国後、歌手活動の傍ら音楽事務所を開設。歌手の養成と外国人歌手の招聘にあたった。92年フランス芸術文化勲章コマンドールを受章。
うつくしくて、うそがなく、生き生きとした文字たち
先輩、先輩とときめきながら、この連載をつづけています。ある日、わたし自身も1日1日先輩になってゆくのだわ、わたしを先輩だと思ってくれる後輩がいるのだわ、と気がつきました。
……さて、どんな先輩になろうかしら。そんなことを考えていたとき、ふと浮かんだのが石井好子の笑顔です。
石井好子と云(い)えば、シャンソン歌手としての歌声も記憶のなかに響きますが、エッセイストとしても偉大な存在。
『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(暮しの手帖社→河出文庫)は1963年に上梓されて以来、愛されつづけています。
読むたび、食べるって、料理って、喜びを分かち合うことだったのね、とあらためておしえられます。フランスでの下宿時代、白系ロシア人の女主人のつくるオムレツから、はなしははじまります。
「ずいぶんたくさんバターを入れるのね」
「そうよ、だから戦争中はずいぶん困ったわ」
こう書き写すだけで、台所へ立って行き、卵を割りたくなってしまうほどです。
このたび、『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』のほか、数冊の本を読みました。初めて読む本もありました。どれも、いい。うつくしくて、うそがなく、生き生きとしています。
この世界をたっぷりと味わう
長く石井好子の秘書だった矢野智子さんが、最晩年の2年に及ぶ闘病のときのことを書いていました(『私の小さなたからもの』あとがき)。
「手のひらをくぼませて『オイルをたらしてちょうだい』と請(こ)われ、こぼしはしないかと少しづつ瓶をふる私に『たっぷり、たっぷり』と無邪気にほほえみながらおっしゃる先生は、強く、たおやかで、美しかった」
これを読んで、そうだ、たっぷり!と跳び上がりそうになりました。わたしの、「さて、どんな先輩になろうかしら」の宿題に答えが出た瞬間です。
たっぷりゆきましょう。石井好子を真似して、この世界をたっぷりと味わうことにします。
そうそう、これを書いておかなくては。若き日水泳が好きだった好子さん、戦争や外国生活のなか、泳ぎから遠ざかっていました。50歳代終わりにふたたび泳ぎをはじめ、マスターズ水泳台湾大会平泳ぎ50メートルで優勝したのは65歳のときだったのですって。
随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。
※この記事は雑誌「ハルメク」2020年5月号を再編集し、掲載しています。
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