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- 自立した女性・伊藤野枝さんの情熱や恋心に満ちた人生
「ハルメク」でエッセイ講座を担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、作家の「伊藤野枝」さん。学びに学び、成長を続け、情熱と恋心に満ちた28年の人生から感じる「自立した女性」への歩みを語ります。
好きな先輩「伊藤野枝(いとう・のえ)」さん
1895-1923年 作家
福岡県生まれ。上京し、上野高等女学校卒業後、辻潤と結婚。「青鞜」の編集に参加し、大杉栄らの影響で無政府主義者に。大杉と同棲して活動を続けたが、23年憲兵大尉甘粕正彦により大杉と共に殺害された。
「わたしも自立した女になりたい」
2018年の終わり近く、60歳になりました。誕生日の日の朝のこと。紅茶を淹れるわたしの目の前に、あることばが降りてきました。
「私は私を無の上にのみ置いた」(マックス・スティルナー)
伊藤野枝が好んで、生前、たびたび使ったことばです。若い日、伊藤野枝を夢中で読んだ記憶がよみがえったのでしょうね。
伊藤野枝、女性社会活動家。
平塚らいてうから「青鞜」の編集権を譲渡された人物として識(し)ったのでしたが、はじめは少しもこころを動かされませんでした。稚拙で、どこか野暮ったくて。
しかし「青鞜」の同人となり、これを守り、これを踏み切り板として飛びだすまでのあいだに野枝は学びに学び、成長する……。その軌跡をたどるうち、目を見張らされ、「わたしも自立した女になりたい」と思わずにはいられなくなりました。
ひとはいつかまた素敵なキスができる存在
ダダイスト辻潤(つじ・じゅん)との出会い、アナーキスト大杉栄(おおすぎ・さかえ)との生活……28年の生涯のなかで、つよい恋を経験して7人の子を生み、たくさんの作品を残した野枝。
彼女は大杉栄、大杉の甥・橘宗一(たちばな・そういち)とともに関東大震災直後、憲兵に虐殺されます(1923年9月/甘粕事件)。
「できれば畳の上では死にたくない」と生前云(い)っていた大杉の影響からか、野枝自身も「わたしはたぶん、畳の上では死ねないだろう」と語っていたそうです。
予感があったのかもしれないにしても、「野枝さん、口にすれば言霊がそれを実現させてしまうのかもしれませんよ」と伝えたい思いが、わたしのなかにはくすぶっています。
長生きして60歳の、70歳の、80歳の、90歳の、100歳の情熱や恋心を見せてほしかった、という思いからです。
わたしね、60歳になった朝、初めてキスをした日のことも思いだしていたのです。
それは野枝が大杉とキスしたことを夫の辻に打ち明ける場面を読み返したからだと思うのですが……、ふと、こんなことを考えたのです。
その記憶が甘やかなものであっても、そうでなくても、むしろ苦いものであっても、ひとはいつかまた素敵なキスができる存在です。
そんなことを、次世代に向けてさりげなく、でも少し情熱的に伝えることができたらいいなあ、と。
参考文献:『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』、『諧調は偽りなり 伊藤野枝と大杉栄・上下巻』(瀬戸内寂聴/ともに岩波現代文庫)
随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。
※この記事は雑誌「ハルメク」2019年2月号を再編集し、掲載しています。
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