自分の悩みなんて
“どれほどのもんじゃ”と思っている方が
結局、自分もラクになれるんです。

30年続く対談連載や小説をはじめテレビなどで活躍している阿川佐和子さん。第2回は、思わぬ形で仕事に役立った”鈍感力”について。そして、どうにもできない不安やストレスを軽やかに乗り越えるための自分の感情への向き合い方ついてお聞きしました。

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テレビの仕事は仮の姿、
いつか結婚して主婦になると

27歳のとき、朝の情報番組にレポーターとして初めて出演し、その後、「情報デスクToday」という情報番組でアシスタントを6年務め、続いて今は亡き筑紫哲也(ちくし・てつや)さんがキャスターをされていたTBS「NEWS23」のサブキャスターを2年間務めました。

たまたま単発でテレビの仕事が舞い込んできて、たまたまこの世界に足を踏み入れたという感覚だったので、30代までは「これは仮の姿で、そのうち結婚して辞める。専業主婦になって子育てするんだ」という気持ちが常にありましたし、生涯、テレビの仕事で生きていきたいなんて思ってもいませんでした。

だから、あの頃は本当によく怒鳴られました。

なにしろ、会社勤めをしたこともない、世間のことを何も知らない、現場を踏んだこともない人間が、「次は気になるアゼルバイジャン情報をお伝えします」なんて言ってね。アゼルバイジャンってどこにあるの?と、本番の1時間ほど前にあわてて勉強していたようなレベルだったんです。それで、なんでクビにならなかったのか、今でも不思議です。

「情報デスクToday」でアシスタントを務めていた頃。ロケ先にて

腐らず恨まず仕事を続けられたのは
「忘れっぽい」から

あの頃は本当に何にも知らなかったから――今もたいして変わらないですが――、弟より年下のAD君に教えてもらったり、「無能なうなずき役」と言われたり、幾度となく怒鳴られたりしました。本番直前に怒られて、泣き顔でテレビに出たこともありました。

一方で、プロデューサーに「明日から来なくていい」と言われたのを「明日は休みなのか」と受け取ったり、見かねたアナウンサーが「気にしなくていいよ」と慰めてくれたのに、「何を?」と全然わかっていなかったり。その場では気付かず、後になってプロデューサーが激怒していたと知って落ち込んだ、なんてこともありました。

私は、いやなことがあると、本当は結構ひきずるタイプなんですが、忘れっぽいんです。あるテレビマンに憤慨して、二度と口を利くまいと思っていたのに、あるときばったり会って、向こうから「おはよう!」と言われたら、つい「おはようございます!」とニコニコ挨拶しちゃって。口を利かないと決めていたのに、忘れてた……と(笑)

鈍感力というか、何というか……。だからなんとか続けられた気もしますね。

それに、怒鳴る人がいる一方で、「怒るのは育ててあげたいと思っているからだよ」と慰めてくれる、やさしい人もいてね。40代に入ってようやく、この仕事でがんばっていこうと腰が据わりました。ここまでやってこられたのは、本当にいろいろな人に助けてもらったり、かばってもらったりしたおかげです。

怒りも悩みもため込まず、
5人くらいに話してみるといい

もちろん、むしゃくしゃしたり、腐ったりしているときもありますよ。

そんなときは「ねえ、聞いてくれる?」と5人くらいに話して、憂さを晴らすんです。顔見知りの宅配便のお兄さんでも、取材のインタビューでもいい。たまたまその場に居合わせた人でもいいので、とにかく聞いてもらうんです。

すると話しているうちに頭の中が整理されて、自分にもちょっと反省すべきところがあったかもしれないな、と気付いたりする。「腹立つ!」みたいなことは、話しているうちに笑い話になってしまいます。

それになにより、5人に話していたら、飽きてきます。なんてみみっちいことを悩んでいたのか、と。そうやって、むしゃくしゃしていた気持ちも鎮まっていくんですね。

あれは中学生の頃だったか。友達に電話で「父に叱られた。ひどい。どうしたらいいんだ」などと愚痴を聞いてもらっていたら、彼女にこう言われました。「でも、いずれ解決するんでしょ。毎回、そうじゃん」と。そう、結局は解決するんです。いずれ時が解決してくれるし、実際、これまでも解決してきた。彼女の言う通り!

「自分の悩みなんて、どれほどのもんじゃ」という気持ちが、今でもずっとあります。自分だけが不幸で、自分だけが取り残されていると思ったときに、逃げ道ってなくなってしまうと思うんです。だから、“どれほどのもんじゃ”と思っている方が、結局、自分も楽になれるんです。

そうこうするうちに、「情報デスクToday」のアシスタントの6年は、あっという間に過ぎました。6年もいれば、テレビの世界では素人とは言えません。私はよく「素人ですみません」と挨拶をしていましたが「いい加減にしろ!プロ意識を持て」と注意されるようになりました。

その後、筑紫さんの「NEWS23」に移り、アシスタントを続けるんですが、当時、ニュースショーは活況を呈して、安藤優子さん、桜井よしこさん、小宮悦子さんなどが女性ニュースキャスターとして活躍していた時代です。その中で、私はいまだ「絶対無理」と思いながら必死でついていく日々。

前へ一歩進もうと、39歳のとき「NEWS23」を降板しました。初めて意思を持って自分で決意したことでした。

ひょんなことからテレビの仕事が始まり、自信がなく、腰かけ気分も抜けずに怒られてばかりいた20代。少しずつ仕事へのやりがいと自覚が芽生えてきた30代。そして、40代からは人並みの結婚を諦め、仕事に本腰を入れて取り組み始めたはずでしたが……人生ってわからないものです、60代で結婚しました。

取材・文=佐田節子 写真=中西裕人
ヘアメイク=大森裕行 スタイリスト=中村柚里 構成=長倉志乃

阿川 佐和子

あがわ さわこ

 

1953(昭和28)年、東京生まれ。テレビの報道番組の司会を経て、エッセイスト・作家に。『ああ言えばこう食う』で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。エッセイ『聞く力』はベストセラーに。バラエティーやトーク番組の司会のほか、最近は女優としてドラマ、映画にも出演。週刊誌の対談連載などインタビュアーとしても活躍。最新刊は『アガワ流生きるピント』(文春文庫)

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