小さいながら庭を持つことの楽しみ

小鳥のさえずりを聞きながら

公開日:2021/10/15

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義父から譲り受けた庭が、安らぎの場所になっています。

小鳥のさえずりを聞きながら

庭をもらう

義両親の家と我が家は、隣接して建っています。

義父が健在の頃、小さな庭に野菜を作ったり花を育てたりしていました。しかし年齢には勝てず、いろいろと体調が悪くなってきました。肺炎、けが、がんの発見……。入退院を繰り返すようになった義父の庭は荒れ放題。草がぼうぼうと生い茂げるようになってきたのです。

義父の息子である我が夫は、それを横目にしつつも知らんぷりを決め込んでいます。いたたまれず、時折私の仕事が休みの日に草刈りをするようになりました。

ある炎天下の午後、私が草と格闘をしていると冷房の効いた部屋の中からそれを眺めながら夫は座り続けていたのです。部屋に戻った私に声をかけるでもなく、知らんぷりをしています。本音を言えば、一緒に庭で草を刈り取ってほしかったし、それができないならせめて「お疲れだったね」と労って欲しかったのです。

半分意地になって草刈りをし続け、体中を何か所もやぶ蚊に刺されてアレルギー反応を起こして大急ぎで皮膚科に通院したときもありました。「この庭はあなたの父親のものでしょ、自分で草取りをしたらどう」と言ってみましたが「いいよ、そのままで」とのたまいます。

息子である夫が無視しているのなら、嫁の私が知らぬ存ぜぬを貫き通せばいいのだろうがそうはいかない性分です。

ある日、夫の態度にあきれ果てた私は、義父の入院する病院へ自転車で出かけました。病院にやってきたのは夫の愚痴をこぼすためだったのですが、病室で義父の優しい笑顔を見たらフッと肩の力が抜けました。夫に怒っているよりも良い解決方法が浮かびました。

「お義父さん、実はお願いがあります。庭は草だらけで私が一人で草刈りをしても次から次に草が生えて、庭の手入れができません。そこで相談ですが、お義父さん、あの庭を私にくれませんか」と聞いてみました。

義父は、「そうだな、もう俺も庭の手入れは退院してもできそうにないな。わかった、あの庭は嫁のお前にやるよ。好きにしていい」と言ってくれたのです。

設計する

設計する

庭をもらい受けた私は、次男坊に設計をしてもらいました(次男坊は庭園デザイナー)。注文主は私、コンセプトは雑草の生えない庭です。

真ん中に芝生の築山。窓から直角に伸びる縁側が、義父の祀る(まつる)石の祠(ほこら)「地の神さん」へ向かいます(正面の木の根元に石の祠があります)。芝生の周りには石を敷き詰め、その下には土を覆うように特殊なシートが敷き詰められたので、草が生えてこない仕組みです。

築山はトラック6杯分の土が運び込まれ小山を作り、その上に芝生が敷き詰められました。そして日没には、木々を根元から照らす照明が点灯するようになって夜の庭も素敵です。当然、庭の施工費用は私が支払いました。

自然がいっぱい

自然がいっぱい

朝、目が覚めるのは小鳥の鳴き声。春には芝生の上にメジロがやって来てミカンをついばみ、夏はセミの大合唱。夏の盛りは芝生の上は小さなバッタ王国に、先日は縁側からヤモリが家の中を覗き込んでいました。

庭の端には、幅1mほどの小さな花壇に思いつくままに植えた苗や木々が花を咲かせています。その花を求めて蝶も何種類もやってきます。

自然がいっぱい

義父からもらった庭は、小さな命がいっぱいの癒やしの庭に変わりました。私にとっての楽しい心安らぐ庭です。小さいながら精神世界がくり広がる落ち着く空間になっています。たかが庭一つ、されど庭一つ。心持ちがぐっとカーブを切りました。

芝生の庭を突っ切る縁側に腰をおろし、裸足で芝の感触を楽しみながらのお茶の時間は最高の至福のときです。お抹茶を楽しんだり、コーヒーやお月見にお酒を楽しんだりしています。

 

■もっと知りたい■

富士山の見える町で暮らす元気な67歳。半日仕事をし、午後はジムで軽く運動。好きなことは絵画を見ることと針仕事。旅先の町で買い求めた布でポーチやバッグを作っています。雨の土曜日は映画を観て、晴れた土曜日には尾根道を3時間ほど歩く。楽しいことが大好きです

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