映画はちどり

2020年08月31日

「パラサイト 半地下の家族」に次ぐ話題作

韓国の少女に自分が重なる映画「はちどり」をレビュー

50代コラムニストの矢部万紀子さんによる、カルチャー連載。今回は、世界各国の映画祭で50冠を超える受賞、日本でも6月に公開されてから口コミで人気が広がりヒット中の韓国映画「はちどり」のレビューをお伝えします。

90年代韓国ソウルの、どこにでもいる少女を描いた作品

映画はちどりポスター

映画「はちどり」を見ました。静かで強く、温かい作品でした。

舞台は1994年のソウルです。主人公は中学2年、14歳の少女ウニ。両親、高校生の姉、中学生の兄と、大きな団地の1室で暮らしています。

両親は商店街で餅屋を切り盛りしています。とても忙しく、ウニにかける時間が多くない様子が描かれます。ウニは学校にもなじめず、ボーイフレンドと放課後を過ごしたり、女の子たちとクラブに行ったりします。不良少女ではなく、でも満たされてもいない。どこにでもいる少女です。

ウニは父が出掛けるとき、必ず玄関に行きます。そして「いってらっしゃい」と深く頭を下げます。家父長制の国とは知っていましたが、なるほどこのように「父を敬う」のかと実感しました。
 
もう一つのリアルが、ウニの兄です。ウニを時々、殴るのです。兄は成績がよいらしく、父はソウル大学へ行くことを強く望んでいます。それはそれでいろいろと大変だろうと察しはします。でも、妹を殴っていいはずがありません。驚くことに、ウニの親友も兄に殴られているのです。「抵抗すると余計殴られるから、じっと終わるのを待つ」と、その子は言います。

94年の韓国といえば、経済発展も民主化もどんどん進んでいた頃です。そんな時代でも、こんな感じだったのかと驚きました。「こんな感じ」を言葉にするなら、「圧倒的男性優位社会」でしょうか。

 

88年、特急列車でビールを飲む女性はいなかった

 

ソウルオリンピックスタジオ
キャプション写真:ArneMüseler/www.arne-mueseler.com(wikipediaより)


週刊誌記者として韓国に取材に行ったときのことを思い出しました。88年春、ソウル五輪直前でした。地方に出張した帰り、ソウルまでの特急列車で食堂車に行きました。通訳をしてくれた女子大生と2人、夕飯です。私は覚えたての韓国語でこう言いました。「メクチュチュセヨー(ビールください)」。目を丸くした彼女に、こう言われました。「食堂車でビールを頼んだ女性は、たぶんあなたが初めてだと思います」。

それから32年たった日本で、「はちどり」を見ました。中学生の女の子を通して、当時の「家父長制」を目の当たりにしました。同時に、今の韓国における「女性パワー」も実感しました。

「はちどり」の監督は女性です。キム・ボラさん。女性が女性をきちんと描いているから、家父長制をそのままにしません。見終わった後に前を向けます。59歳になった私が、ウニと一緒に歩み出したい気分になるのです。
 

映画はちどり
(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.



ウニの、そして私の窓を開けてくれるのが、ソウル大学を休学しているヨンジという女性です。ウニが通う漢文塾の先生。淡々と漢文を解説します。

例えば「相識満天下 知心能幾人」をこう言います。「たくさんの顔見知りの中で、心がわかるのはどれくらい?」。生徒を子ども扱いしないし、「正解」を求めません。親友に裏切られて傷ついたウニには丁寧にお茶をいれてあげ、親友が戻ってくれば2人に歌を聞かせます。労働者の歌のようです。ヨンジ演じるキム・セビョクさんの演技が素晴らしく、歌を聴きながら涙がこぼれました。

突然、ヨンジがウニの前から消えます。それからいろいろありますが、それは劇場で見てください。消える前に、こう言い残します。「誰かから殴られたら、立ち向かうの。絶対に、黙っていたらダメ」。兄に殴られたウニを診察した男性医師が、「診断書を書こうか」と言います。えっ?という感じで見上げるウニに、彼は「殴った奴を訴えられる」と言うのです。殴られたと聞かされなくても察して、闘い方を伝える。理解ある男性が近くにいることは、ウニにも私にも救いになりました。

「はちどり」は、キム・ボラ監督の初の長編作です。韓国を代表する映画雑誌「シネ21」が選んだ19年公開作品ベスト10では、あの「パラサイト 半地下の家族」に次ぐ2位だったそうです。女性が良い作品を作り、それがきちんと評価される。そのことの素晴らしさを思います。ボラさんはインタビューで、「韓国ではこの数年、権威ある映画賞でも女性が数多く受賞するようになっている」と語っていました。うらやましい、と思います。

 

日本は、バブル崩壊後から前に進めている?

映画「ハチドリ」
(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

ソウルで取材をした88年、私は27歳でした。世の中はバブル景気の真っ最中。男女差別の構造は、景気がいいと見えにくくなります。私も浮かれていたのだと思います。それから間もなくバブルがはじけ、日本は「失われた10年」とも「20年」とも言われる時代に入りました。今の日本は女性にとって、生きやすい国と言えるでしょうか。

次にソウルに行っても、あのときの浮かれ気分と同じようには「メクチュチュセヨ」とは言えないかも。そんな気がしています。

 

「はちどり」作品情報

2018 年/韓国、アメリカ/138 分/英題:HOUSE OF HUMMINGBIRD/原題「벌새」/PG12/
(C) 2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.
提供:アニモプロデュース、朝⽇新聞社
配給:アニモプロデュース
配給協力:ギャガ GAGA★
6月20日(⼟) ユーロスペースほか全国順次ロードショー

 

■もっと知りたい■

矢部 万紀子
矢部 万紀子

1961年生まれ。83年朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』(幻冬舎新書)

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