「82年生まれ、キム・ジヨン」

2020年10月12日

「82年生まれ、キム・ジヨン」映画レビュー

「キム・ジヨン」は私。女性の苦悩は世代も国も超える

50代コラムニストの矢部万紀子さんによる、月2回のカルチャー連載です。「愛の不時着」以来、韓ドラに夢中になった矢部さん。今回は、女性が感じる生きづらさや不平等感を描き話題になった作品「82年生まれ、キム・ジヨン」の映画をレビューします。

韓国のベストセラー小説が映画化

映画「82年生まれ、キム・ジヨン」

映画「82年生まれ、キム・ジヨン」が10月9日から全国で上映されます。同名の原作小説は女性なら誰もが経験するような男女の不平等や苦悩を描き、韓国で130万部、日本で21万部というベストセラーになりました。

小説「82年生まれ、キム・ジヨン」

本を読んだ方も読んでない方も、ぜひ見に行ってください。原作同様、「キム・ジヨンは私だ」と思えるシーンが、絶対にあります。「ジヨンとは、年齢が違うから」と思われた方、それは杞憂です。私はジヨンより21歳年上ですが、彼女の気持ちが痛いほど伝わってきました。

 

原作と映画の違いとは?

『82年生まれ、キム・ジヨン』

この映画、原作と結末が違います。ほぼ原作通りのエピソードが描かれますが、違う結末へ至る道なので、趣も違って感じられます。原作の訳者である斎藤真理子さんは「本はカルテ、映画は処方箋」だと書いていました。私は「本は告発、映画は希望」と感じました。

ジヨンは33歳、3年前に結婚し、1年前に女の子を出産、それを機に退職します。そして心を病んでいます。ときどき別人格になるのです。原作は、精神科医によるジヨンのカウンセリング記録という形がとられています。文字通り「カルテ」なのです。

カウンセリングが、ジヨンの人生を再現していきます。それをたどることで、女性が置かれた状況、その理不尽さを浮かび上がらせる。それが原作者チョ・ナムジュさんの狙いだと思います。チョさんも出産で仕事を辞め、そこから作家に転身したという人です。

ジヨンには二つ上の姉と五つ下の弟がいます。弟との間が少し離れているのは、3人目も女の子だと知った母が、密かに堕胎したからです。炊きたてのご飯は父、弟、祖母の順に供され、豆腐でも餃子でも形のあるものを食べるのは弟、ジヨンと姉は崩れたものが当たり前。そうナムジュさんは描きます。キム・ジヨンというのは、1982年生まれの女子で一番多い名前だそうです。これはあなたの話ですよね。ナムジュさんは、そう言っているのです。

『82年生まれ、キム・ジヨン』

弟が一番優遇されるのが家庭の当たり前なら、男子が優遇されるのが社会の当たり前です。ジヨンは就職にとても苦労します。学校推薦を受けられるのは男子のみ、実力で入った会社でも良いプロジェクトを任されるのは男性。そんな現実が次々と描かれます。セクハラ、パワハラも日常茶飯事。ジヨンが入った会社でただ一人の女性課長のエピソードは、映画でも重要な役割を果たします。

最初の方に「告発」と書きました。映画は原作のそういう意図を理解した上で、あえて違う結末にしたと思います。それを斎藤さんは「処方箋」、私は「希望」と書きました。重たい現実とどう向き合うか、その処方箋が描かれていて、だから希望につながるのです。

『82年生まれ、キム・ジヨン』

ジヨンの夫が、大きく影響しています。原作にほとんど描かれていない、彼の心情が描かれます。自分が追い詰めたから、ジヨンは病気になったのでは。そう悩み、時に涙を見せます。再就職を考えるジヨンには、「ぼくが育児休暇を取る」と言います。育休は権利ですが、取った男性社員は出世からはずれることがたびたび描かれます。言ってはみたものの実際には取らないという展開になるのですが、それでも「いい夫だなー」と救われた気持ちになります。演じているのはコン・ユさん。背が高く、あっさり系のハンサムで、日本にもファンの多い人と、最近知りました。

 

「ママ虫」と呼ばれた主人公は……

『82年生まれ、キム・ジヨン』

原作と映画で、大きく違ったのが「ママ虫」です。韓国のネットスラングで、「育児をろくにせず遊びまわる、害虫のような存在」という意味だそうです。原作ではこの言葉を公園で浴びせられたことが、ジヨンの病の引き金となります。ジヨンはその場を逃げ出し、帰宅した夫にこうぶつけます。「死ぬほど痛い思いをして赤ちゃん産んで、私の生活も、仕事も、夢も捨てて、私自身のことはほったらかして子どもを育ててるのに、虫だって。害虫なんだって」

映画のジヨンも「ママ虫」と言われます。カフェでベビーカーを押したジヨンがもたついていると、会社の同僚らしい男女がその言葉を使ってコソコソ話すのです。ここまでは原作とほぼ同じですが、ジヨンは逃げ出しません。彼らに抗議するのです。「ママ虫などと言うな」と、彼らをやりこめます。演じるチョン・ユミさんの演技がさえて、スカッとします。

堂々と意見を述べること。それは「処方箋」の一つです。他にも処方箋はさまざま描かれます。ぜひ、映画館で見つけてください。帰り道、あなたの心に「希望」の明かりが、きっと灯っているはずです。

『82年生まれ、キム・ジヨン』

『82年生まれ、キム・ジヨン』
監督:キム・ドヨン/出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン 
原作:「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳(筑摩書房刊)
10月9日(金)より 新宿ピカデリー他 全国ロードショー
配給:クロックワークス

 

■もっと知りたい■

 

矢部 万紀子
矢部 万紀子

1961年生まれ。83年朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』(幻冬舎新書)

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