国際霊柩送還士・木村利惠さんに聞く#2
「大事な人の死」を心から悼むことができるようにサポートするには?
「大事な人の死」を心から悼むことができるようにサポートするには?
更新日:2025年12月27日
公開日:2025年12月22日
木村利惠(きむら・りえ)さんのプロフィール
国際霊柩送還士。1961(昭和36)年東京都生まれ。勤務先の葬儀社で国際霊柩送還業を学び、2003年独立。日本初の民間による国際霊柩送還専門会社となるアムズコーポレーション(現エアハース・インターナショナル)を設立し、代表取締役社長に就任。同社は06年からFIAT-IFTA(国際葬儀連盟)に加盟、年間平均250体ほどの遺体・遺骨の送還に携わっている。その活躍ぶりは12年にノンフィクション『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(佐々涼子著、集英社刊)として出版され、開高健ノンフィクション賞を受賞。ドラマ化もされた。
「死という究極の悲しみ」に沈む人に、寄り添わずにいられない

私の携帯電話には昼夜関係なく、各国の領事やご遺族の方から連絡が入ってきます。人が亡くなれば、時差が何時間あろうと待ったなしですから。先日も海外の在外公館から電話が夜中にかかってきました。
海外で事故死された場合は、本来なら保険会社が中心となって、さまざまな手続きを専門のアシスタント会社が行います。ただ今回はアシスタント会社の対応がスムーズではなかったようで、私に、ご遺族の相談に乗ってあげてほしいという依頼でした。
現地の警察や外務省、保険会社とのやり取りは、ただでさえ時間がかかり煩雑な業務です。そこで相手が電話に出てくれなかったり、メールの返信も遅かったりなど、コミュニケーションが円滑でなかったら、何も進まなくなってしまいます。
私たちは、信頼できる人脈を総動員して、事務処理がスムーズに回ってご遺族が安心できるように手配しました。ご遺体の状況、いつ・どの便で日本に到着するのか、その後の流れはどうなるのか、という報告をきちんとご遺族にお伝えする。当たり前のことですが、それがご遺族の安心につながります。
そのためなら、私は企業や在外公館の偉い人相手でも、叱咤して動いてもらいます。亡くなった方とご遺族のためなら怖い相手なんかいません――そうやって世界中で仕事をしていますが、40代までは本当に普通の主婦だったんです。
葬儀の手伝いをパートで始めたのがきっかけ
二十歳で結婚して、長男と長女の2人の子どもを育てていました――まあ幼稚園でも小学校でも率先してPTA活動をやって、バザーだのイベントだのなんでも取り仕切ってましたね。根っからのお節介というか、面倒見がいいというか(笑)
下の娘が幼稚園の頃、働きに出てみよう、と、お通夜や告別式に来られる会葬者に返礼品を配るパートを始めたんです。それがこの業界を知るようになったきっかけ。特に 興味があったというより、夕飯の支度をしてからでもできる仕事だったからやってみた、それだけです。
とはいえ、この仕事を抵抗なく始められたのは、幼い頃から神棚仏壇のある家で育って、祥月命日には必ずお坊さんがお経を上げに来ていた、という下地があったからかもしれません。亡くなった方を供養することが、ごく自然に感じられたんです。
返礼品を配るパートに過ぎないんだけど、葬儀の場で死という究極の悲しみの中に沈んでいる人を見ていたら、寄り添わずにはいられない。頭で考えなくても、そういう人たちが何を必要としているのか、どういう言葉を欲しているのか、本能的にわかって行動してしまうんです。
声を掛けたり、列に並ぶよう促したり、お焼香の仕方を教えたり。そういう働きぶりが葬儀社の目に留まって、パートを始めて3年ほどたった頃、正社員としてスカウトされました。
海外送還を担当し、ご遺族への誠実な思いから起業へ

最初は面白くて、一生懸命やりました。だけど、やればやるほど葬儀の表と裏が見えてきた。例えばご遺体に対しての社員の態度や対応が、ご遺族がいらっしゃる前と、いないときでは全然違う。ぞんざいで誠意のかけらもない。祭壇に飾られる花を何度も使い回すこともある。
経営ということを考えれば致し方ないのかもしれません。でも私は、人様の死にまつわることで、ずる賢く儲けるという考え方がどうにも受け入れられなかった。
そんなとき、日本で亡くなった外国人を母国に送ってほしいという依頼が来たんです。手続きが全部外国文書になるので、社員の誰もがしり込みした。「じゃあ、私がやる!」
私だって英語の辞書を開くなんて中学生以来でした。当時はネット翻訳なんてないから、辞書引いて悪戦苦闘――でもすごく楽しかった。これほどやりがいを感じたことは人生で初めてでした。それからは、海外との事案は全部私が担当するようになりました。
この仕事に専念したい。その思いで起業したのが、このエアハース・インターナショナルです。起業するまでも、した後も大変でしたが、ご遺体を日本で待つご家族の元に返すことだけを考えて正直に、誠実に活動していたら、外務省や領事館との人脈もおのずと育ってきたというわけです。
日本特有の「死者との向き合い方」とは?

実にさまざまな国からご遺体を搬送してきました。そこで感じるのは、死者との向き合い方は国によって全然違うということ。
前回もお話したように、日本人はご遺体やご遺骨、形あるものを大事にします。ご遺体を前にしたとき、その手に触れたり、髪をなでたりするのは日本人特有の行動で、欧米の人はあまりご遺体に触れようとはしません。
以前、父と息子の親子二人旅で、父が現地で亡くなるということがありました。日本から妻と娘さん、そして亡くなった父の母(息子さんにとっては祖母)の3人が駆け付けてきました。
当初、ご遺体に防腐処理をして日本に連れ帰って、日本で葬儀をする予定だったのですが、お祖母さんが「体に薬剤を入れて防腐処理をするなんてかわいそう。この地で火葬した方がいい」と泣いて訴えるのです。でも、日本のように、ご遺骨として形を残すように火葬にする、というのは、実は世界的には特殊な文化で、海外で同じようにすることは難しいのです。
なので私は「おそらく、この地で荼毘(だび)に付したら、さらさらの灰になってしまうでしょう。一度、灰になってしまえば元には戻せないのですよ」と話しました。すると中学生の息子さんが「やっぱりお父さんと一緒に帰国して、日本で荼毘に付してお葬式をしたい」と。お祖母さんもその言葉に納得されて、日本へご遺体を送ることが叶いました。
現地の葬儀社に日本の「弔い」を交渉することも
2011年、ニュージーランドのクライストチャーチで大地震が起きたときには、私たちも現地に入って、特に損傷が大きく、どんなに手を施してもご遺体として日本に連れ帰ることのできない方を十数人担当しました。
本来私たちの仕事はご遺体の搬送であって、葬儀にまつわることは範疇ではないのですが、そのときは、現地の火葬場や葬儀社と交渉して、火葬炉の温度調整をしてもらったり、教会を借りるなどして、その場でお骨上げの儀式ができるように手配しました。
さらさらの遺灰が遺されるのと、日本ならではの「収骨をする」という行為ができるのとでは、ご遺族の気持ちが違うだろうと考えたからです。
悲しみのあまり、娘さんのお骨を前に泣き崩れるお母さんもいました。私はその方の背中をさすって「ここまで迎えに来たんじゃない。連れて帰りましょう」と言って一緒に収骨しました。
ずいぶんたってその方から「あのときのことは忘れられない。寄り添ってもらったおかげで娘を連れ帰れて本当によかった」という長いお手紙をいただきました。
普段から、自分が日本人だと意識している人は少ないかもしれません。でも死を悼むときにこそ、これまで自分の中に無意識に培われてきた文化や死生観が、死という最大の悲しみを受け入れられるようにしてくれます。それが「弔う」ということではないかと思います。
今、どんどん葬儀がビジネス化していますが、少なくとも私たちは、異国の地で亡くなった方をビジネスではなく、心から弔えるように、ご遺族が悲しみつくし、死者を悼む場をつくりたい――そうすることで亡くなられた方の尊厳も守られると思うのです。
取材・文=岡島文乃(ハルメク編集部)
※この記事は、雑誌「ハルメク」2025年4月号を再編集しています。




