先輩の生き方

内館牧子さんの終活論 「人生でやり残したことにケリをつける」

内館牧子さんの終活論 「人生でやり残したことにケリをつける」

公開日:2025年06月09日

内館牧子さんの終活論 「人生でやり残したことにケリをつける」

40歳で脚本家としてデビュー以来、常に時代の空気を敏感にとらえてきた内館牧子(うちだて・まきこ)さん。人生100年時代といわれる近年は、『終わった人』『すぐ死ぬんだから』をはじめ、60代、70代からの生き方を描く小説を次々発表しています。2024年に出した本のテーマは「終活」。内館さんの考える、本当にやっておくべき終活とは?

 

内館牧子さんのプロフィール

うちだて・まきこ
1948(昭和23)年、秋田市生まれの東京育ち。武蔵美術大学卒業後、13年半のOL生活を経て、88年脚本家デビュー。91年ギャラクシー賞、93年第1回橋田賞(「ひらり」)、95年文化庁芸術作品賞(「てやんでえッ‼」)、2001年放送文化基金賞(「私の青空」)など受賞多数。小説家、エッセイストとしても活躍し、『終わった人』『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』『老害の人』4部作は累計120万部を超えるベストセラーになっている。

死後のことを準備すると、生きる力が出てこない

死後のことを準備すると、生きる力が出てこない

60代、70代以降の男女を主人公にした小説4部作『終わった人』『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』『老害の人』は、予想を超えて多くの方に読まれ、たくさんの反響をいただきました。2024年9月に出版した『迷惑な終活』は、シリーズ5作目。主人公は、ちょうど私と同い年の昭和23年生まれ、75歳です(取材当時)

人生100年時代となった今、60代は元気で全然おじいさん、おばあさんじゃないし、老後といえるのは80代後半からだと思うんです。だから70代って老人としてはまだアマチュアで中途半端。一番過ごしにくい年代かもしれません。そんな自分と同じ70代の話を書きたいと思いました。

私のまわりの同年代を見ると、やっぱり終活をしている人が多いんですね。今は雑誌でも新聞でもどこも終活特集をしていて、「死んだ後に家族に迷惑をかけないように前もって準備しておきましょう」「終活をすれば、あなた自身も解放されます」とすすめるわけです。

確かに終活をやっておいた方がいい人や、やらないと落ち着かないという人はいると思います。ただ、もしやりたくないのにやっているのなら、それはあおられ過ぎて無理しているんじゃないかしら。

私は終活を全然してないの。自分が死ぬ前にいろんなことを整理して、まわりの人に迷惑をかけないようにはしたい。でも、私は死後のことを準備すると、生きる力が出てこないんです。

「終活していない」とは言いにくい世の中

「終活していない」とは言いにくい世の中

60歳のときに、私は生死をさまようような急病に襲われて、大手術を2回受け、4か月入院しました。そのとき、家族には「私は一切、終活をしていない。死後のことは、生きている人の問題だから、好きにやってね」と話しました。それでもし私の大事にしている物を捨てられたとしても、死んじゃえばどうせわからないのだから(笑)

もちろん「内館さんは独身だから、そう言えるんだ。子どもがいたら迷惑をかけないように考えなくちゃいけない」という意見があるのもわかります。確かに、今の世の中、「終活していない」って大きな声では言いにくい。まわりがやっているのに、自分は全然だと、まずいかなと焦ったりするものです。

でも終活って、本来は「自分軸」だと思うの。家族や周囲を考える「他人軸」ではなくて、自分の人生でやり残したことをやる。これこそ終活だろうと。そうして書き上げたのが、年金生活を送る75歳の英太と、その同級生たちや妻、飲み友達の終活を描く『迷惑な終活』です。

もともと妻は他人軸の終活にすごく熱心で、英太も散々その意義を説かれ、すすめられている。でも「生きているうちに死の準備はしない」が英太のポリシーなの。ところが、あるきっかけから、やり残したことをやることこそ終活だと思い立つ。それは高校時代の片想いの相手に会って謝ることなんです。

結局、生きているうちに自分の人生に自分でケリをつけるのが、本来の終活ではないか。これまでの人生でやり残したこと、気がかりなこと、墓場まで持っていきたくないことに、この世でケリをつける。

ケリのつけ方はいろいろで、会いたい人に会っておく、謝りたい人に謝っておくというのもあるだろうし、誰かに恩返しをするとか、家族を感謝の旅行に誘うとか、何でもいいんです。それまで散々、親不孝ならぬ妻不孝をしてきた人が、絶対に飛行機に乗りたくないという妻を何としても飛行機に乗せてパリに連れて行ったら、すっかり喜ばれたというケースもあるわけです。

日本人は死ぬときに一番お金を持っているそうです。やりたいことを我慢して、ひたすら貯金して子どもにお金を遺すことが、本当に幸せなのか。子どもの側からすれば、親が自分自身のためにお金を使って楽しく生きていることが一番うれしいんじゃないかしら。

だから自分がどうしてもやっておきたいことを、お金をかけても、時間をかけても、何としてもやっておく。そういう自分軸の終活があってもいいはずです。

早稲田に落ちたことが尾を引いていました

早稲田に落ちたことが尾を引いていました

私には、やり残したことが二つあったんです。一つは、ロンドンで暮らすこと。古い文化や伝統を大事に守っているロンドンに、保守的な私は魅力を感じていました。それで3年くらい腰を落ち着かせて住みたいとずっと願っていたんです。もし60代だったらロンドンに住むけれど、75歳では体力的に難しいですね。

もう一つは、これを言うとみんな笑うんですが、私は18歳のとき早稲田大学に落ちたんですよ。自信満々で受験したら、すべり止めの学部まで落とされた。あのショックが50歳まで尾を引いた。

54歳のとき、大相撲の研究をしたくて、東北大学大学院を受験しました。東北大1本に絞ったんですが、早稲田の願書ももらったの。もちろん受けなかった。今度は私の方から蹴っ飛ばして、ケリをつけたの(笑)

あなたは、人生でやり残したことはありませんか?

『迷惑な終活』内館牧子著/1870円 講談社刊

早稲田に落ちたことが尾を引いていました

年金暮らしの原夫妻。妻の礼子は終活に熱心だが、夫の英太は「生きているうちは終活はしない」と遠ざけていた。そんな英太があるきっかけから自分なりの終活をしようと思い立つ。それは高校時代の片想いの相手に会うこと。この終活が、思わぬ事態を引き起こしていく。


取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部)、撮影=中西裕人、ヘアメイク=木村三喜

※この記事は、雑誌「ハルメク」2024年11月号を再編集しています。

 

HALMEK up編集部
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