中村久子|20歳、自立。見世物小屋で「だるま娘」に
2024.01.142022年02月21日
今何ができるかを自分に問う
内館牧子さんが考える、品格ある年の重ね方
近年、主人公に定年後の60代男性や、夫を亡くした70代女性を据え話題作を書いてきた内館牧子さん。ご本人が60代で病後にたどりついた「自分が一番大切なことを優先する」生き方と、心に留めて置くべきことを語ります。
78歳の女性が主人公の小説はどうやって生まれたか
63歳で定年を迎えた男性の悲哀を描いた『終わった人』(2015年、講談社刊)に続き、話題になったのが内館さんの小説『すぐ死ぬんだから』(2018年、講談社刊)です。
主人公の忍(おし)ハナは、ファッションや体形維持に気を使い、実年齢より10歳は若く見られる78歳の女性。東京都心の酒屋に嫁ぎ、長年懸命に働いてきましたが、すでに息子に店を譲り、夫と悠々自適に暮らしています。ところが突然、夫が倒れ、思いがけない事実を知ることに──。
この物語に、内館さんはどのような思いを込めたのか、始めにそのことからお話しいただきました。
後期高齢者は、最も生きにくい年代かもしれない
あるとき、後期高齢者の男女の集う会を取材したことがあったんです。びっくりしました。おしゃれで素敵な男女と、くすんで老人そのものという男女にくっきり二分されていたんです。見ていると、外見に手をかけている人たちは、自信が生まれるんでしょうね、会話も活発で元気で、リーダーシップがあるように見えました。人生の後半を生きる上で、この差はものすごく大きい。
確かに、その年代は最も生きにくいかもしれません。体も動かなくなるし、家族や友人を亡くしたりで、「もう楽しいこともないわ」って愚痴も出る。でも、死ぬまでは生きなければならないんですから、後期高齢者を主人公にして書きたいと思いました。
後期高齢者の多くの方が「どうせすぐ死ぬんだから」と言うんですね。例えば、娘から「お母さん、もうちょっときれいにしたら」と言われても、「いいのよ、この年になったら楽が一番。どうせすぐ死ぬんだから」と返す。「すぐ死ぬんだから」という一言が、楽をするための免罪符になっているわけです。
私自身も、そう言いたくなる後期高齢者の気持ちが、少しだけわかった出来事がありました。2017年の春、桜に見惚れていて転び、脚を骨折して歩けなくなったんです。ひどい骨折で、かなり長い間、車いす生活でした。その後も、脚にがっちりした装具を着けていたから、歩くのも大変。階段も上れないし、本当に不自由でした。
そうすると誰かの力を借りなければ、外出できないわけですね。友達から外食に誘われても、「段差があるのかな」「お手洗いはどうなってるんだろう」と考えて、「私はパス」となる。周りに気を使わせるのがいやで外出を控えるうちに、ファッションやメイクに手をかけなくなっていきました。
楽な方へ流れ、社会と接点をなくすのはセルフネグレクト
そういう時期が1年近く続いたかしら。骨がくっついた後も、筋肉量がなかなか上がらず、つい昔と比べてぼやくのね。それでふと気付いたんです。“ああ、後期高齢者の少なからずは、こういう気分で生きているんだろうな”って。
体が思うように動かないと、やっぱりいろんなことが面倒くさくなってしまうんですね。「どうせすぐ死ぬんだから」と口走りたくなる気持ちが、どこかわかりました。
とはいえ、今は人生100年時代で、すぐ死ねるかわからない。それなのに、「すぐ死ぬんだから」と楽な方へと流れていたら、外見も老人になるし、生活もだらしなくなって、社会との接点もなくなっていく。それは自分で自分を放棄してしまう「セルフネグレクト」ですよ。無理してでも外に目を向けて、他人の目を意識することから始めないといけないと思います。
外見を磨く意識はとても大事。生きる力にもなる
『すぐ死ぬんだから』の主人公・ハナは、もともとは肌の手入れにも服装にも気を使わない不精な女性でした。それで68歳のとき、娘と行ったブティックで、店員から「70歳そこそこにしか見えない」と言われるわけです。普通、見た目より5歳は若く言いますよね。60歳くらいと思っても、「55歳かな」と言う。つまりブティックの店員には、ハナが75~76歳に見えたわけです。
それが本人には大きなショックで、“人は60代に入ったら、実年齢より若く見られないとならない”をモットーに、外見磨きに目覚めます。
私は、外見を磨く意識を持つことは、とても大事だと思うんです。よく「外見より中身」って言うでしょう。でも、「外見は大切」という意識は「中身」の一つです。前述した会で実感しましたが、中身と外見は連動するものだと思います。
「お金がないから」「美人じゃないから」と、外見に手をかけない理由はいくらでもつけられます。でも、どんな状態であっても、きれいな人はいる。美人か否かとか、高いものを着るとか、そういう話ではないんです。許される範囲で、自分に手をかけることは、きっと生きる力にもなると私は思います。
断捨離はしない。自分の一番大切なことを優先して生きる
60歳のとき、私は心臓の急病で倒れたんです。生きるか死ぬかの大手術を受け、2週間の意識不明の後、奇跡的に元の生活に戻ることができ、「これからは自分にとって一番大切なことを優先しよう」と考えるようになりました。
何を優先するかは百人百様ですが、少なくとも「若さや美しさは他人の目がつくる」ということは心に留める方がいいように思います。よく「他人の目を気にするな」と言いますが、他人の目がないと高齢者はついゆるみがちになる。それは、「すぐ死ぬんだから」に進む。恐いですよね。
私自身、病気をする前と比べて、できなくなったことは確かにあります。持久力も肺活量も落ち、階段を駆け下りたりはもうできない。だけど、「思い出と戦っても勝てないんだよ」って、プロレスラーの武藤敬司(むとう・けいじ)さんが言っているんです。すごい言葉ですよね。
昔の自分と比べてできないものを数え上げ、「どうせすぐ死ぬんだから」と言うより、大事なのは「今何ができるか」でしょうね。どうせすぐ死ぬと思えばこそ、自分にちゃんと手をかけて、今を楽しんだ方が得ですよ。
だから、私は断捨離も終活も性に合わないんです。昔から日本には、口に出すとそうなるという「言霊(ことだま)」ってものがあるでしょう。自分の死後のことを口に出したり、書いたりすると、言霊通りになりそうで嫌なんです。「死後のことは、生きている人の問題だから、好きにしてね」と家族に言っております。
『すぐ死ぬんだから』
内館牧子著、講談社刊、1705円
実年齢に見られない努力を続ける78歳の忍ハナ。夫と隠居生活を送っていたが、夫が倒れたことで、人生が変転していく。
内館牧子
うちだて・まきこ 1948(昭和23)年、秋田県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、三菱重工で13年半のOL生活を経て、88年に脚本家デビュー。「ひらり」「毛利元就」「私の青空」など数々の人気ドラマの脚本を担当。著書に、映画化された小説『終わった人』、ドラマ化された『すぐ死ぬんだから』(ともに講談社刊)、エッセー『養老院より大学院』(講談社刊)『女盛りは心配盛り』(幻冬舎文庫)、『カネを積まれても使いたくない日本語』(朝日新書)など多数。東北大学相撲部総監督、元横綱審議委員。2003年、大相撲研究のため東北大学大学院入学、06年修了。研究は今も続けている。
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 撮影=中西裕人
※この記事は雑誌「ハルメク」2018年12月号に掲載の記事を再編集しています。
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