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内館牧子さん特別エッセイ!人生の切り拓き方を学ぶ
内館牧子さん特別エッセイ!人生の切り拓き方を学ぶ
更新日:2025年05月16日
公開日:2020年10月08日
「郵務室」発イタリア行き 文=内館牧子
もう40年以上昔のことである。当時、私は大企業に勤めており、20代の半ばだった。会社は女子社員をまったく戦力としては見ていない。常に男子社員のサポートで、責任のある仕事をしたい女子社員たちは、非常に不満を持っていた。「サポート」といえば聞こえはいいが、要は彼らに頼まれる雑用をこなすだけ。
「これ、10部コピーして」
「この書類、××課長に至急届けて」
「会議室にお茶20個ね」
「厚生課で保養所の申し込みして来て」
女性の地位などない時代であり、どこの会社も似たり寄ったりの「サポート」が、女子社員の仕事だったはずだ。

男子社員全員が会議に出てしまい、女子社員たちだけが、オフィスに残っていることも少なくなかった。今でも覚えているのは、そういう時に他課の男子社員が来ると、必ず言うのだ。
「あれ? 誰もいないの?」
女子社員たちは毎回同じに答える。
「×時には全員戻ります」
この繰り返しなものだから、私はついにブチ切れた。
「ちょっと××クン、『誰もいない』って、あなた見えないの? このオフィスに5人は女子社員がいるわよ。何の用なのか、私が聞くわ。手短におっしゃい」
私より若く、私より背の低い××クンはすっかりビビッている。それはそうだろう。自分より年上の、自分より背の高い、いわば「お局」にクン呼ばわりされて、上から見下ろされて「おっしゃい」と言われたのだ。××クンのビビる姿を、今でも思い出す。鼻っ柱の強い私に、女子社員たちはロッカールームで「ああ、気持ちいい! ありがとう」と口々に言ったことも思い出す。
そんな中で不思議な女子社員が一人いた。もう名前は忘れてしまったが、40代半ばではなかっただろうか。独身で「郵務室」にいた。
同じ女子社員でも、不満たらたらでも、私たちは冷暖房の効いた立派なビルの中で仕事をしている。だが、彼女のいる「郵務室」は裏口のようなところにあり、薄暗く、昼でも灯りをつけ、床は冷たいコンクリート。その上、定年間近の「お爺さん」ばかりが働いていた。私たちは明るく快適なオフィスで、今で言う「イケメン」の若い男たちも多い。
なのに、彼女は「お爺さん」と一緒に、ニコニコしながら日がな一日、郵便物の仕分けや各課から出る大量の小荷物に切手を貼ったりしていた。

ある時、私は若い男子社員に言われて、郵便物を郵務室に届けた。「お爺さん」たちは出払ったのか、彼女は一人だった。そしてニコニコと私に言う。
「よかったら、お茶飲んでいかない?」
若い男子社員に雑用を命じられてムカついていた私は、「ここで油を売ってやれ」と思った。彼女ととりとめのない話をしながら、ふと聞いた。
「いつもニコニコして明るいけど、何か楽しいことがあるの?」
彼女は少しためらってから、それこそ「輝くばかり」の笑顔で言った。
「私、イタリアが大好きでね。一度も行ったことないけど、憧れの国なの。それで会社の帰りにもうずっとイタリア語を習ってるのよ。月謝がかかるから、洋服とか外食とかにお金は回せないけど、いいの、そんなこと。ホラ」
と言って彼女が引き出しから取り出したのは、日本むかし話の絵本だった。
「向こうの人にも日本を好きになってほしいから、絵本をイタリア語に訳してボランティア団体を通じて送ってるの。子どもたちから、たどたどしい字のお礼状が届くと、嬉しくて嬉しくて、ますますやる気になるのよ」
そうだったのか。私たちは日常に対して不満と愚痴ばかりだったのに、彼女は学び、それを形にしていたのだ。ボランティアであり、お金がかかる一方だというのに、それはどんな環境をも吹き飛ばす喜びだったのだろう。
「もっともっと絵本を送って、いつかイタリアに行ってみるのが夢」
彼女は決して美人ではなく、髪も肌も手入れが行き届いているとは言い難い。それでも嬉しそうに笑うと、「すきっ歯」に愛嬌がある人だった。
以来、社内で会うと言葉をかわす。
「絵本、何冊になった?」
「今はね、親が子に読み聞かせる物語もイタリア語に訳してるのよ」

それから何年かがたった時、彼女は結婚退職した。私は親しかったわけではないものの、彼女が男の人にもてるとは思えなかった。それに、すでに40代も後半になっていたのではないか。当時の40代は、昨今のそれとは比べられないほど「年配者」として見られていた。彼女の結婚のニュースに、女子社員たちは「どっかジイサンの後妻じゃない?」と噂した。
ところがである。彼女はこつこつと貯めたお金で、イタリア旅行をしたのだという。すると、絵本のボランティア関係の人が、自宅でお礼のパーティーを開いてくれたそうだ。
そして、そこで年下のイタリア人男性と知り合い、意気投合。以来、イタリア語で文通をしたり、彼が日本に遊びに来たりするうちに、プロポーズされた。
「結婚して僕とイタリアで暮らそう」
彼女は誰にも話していなかったようだ。私もその間、言葉をかわしたが、もちろん聞いていない。私たちは突然のお姫様物語に「一生懸命生きていれば、神様って微笑んでくれるんだね」と、ため息まじりに話すしかなかった。

話はここで終わらない。
不満たらたら組の女子社員の一人が、格安ツアーでイタリアに行って来た。ツアーなので自由時間はほとんどない。緑がうっそうと茂り、白い豪邸ばかりが目立つ中をバスが走った時、ガイドが「ここはイタリアでも最高級の住宅街です。俳優の○○○も、○○○も、ここに住んでいます」と言った。それを聞いた女子社員はハッとした。手帳にメモしておいた彼女の住まいと同じエリアだ。
「あの人、年下のイタリア人男性と、あのすごい一角に住んでいるのよッ」
彼女は私たちに興奮して報告した。
今となっては、街の名前も俳優の名前もまったく思い出せないが、アル・パチーノとかマルチェロ・マストロヤンニとかソフィア・ローレンとか大物の名前だった記憶がある。
自分だけの暇つぶしではなく、目的を持って勉強し、それを役に立てようとした彼女は、本当に絵本のラストシーンのように、自分の人生を切り拓いた。
著者:内館牧子さんプロフィール

うちだて・まきこ 1948(昭和23)年、秋田県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、三菱重工で13年半のOL生活を経て、88年に脚本家デビュー。「ひらり」「毛利元就」「私の青空」など数々の人気ドラマの脚本を担当。著書に、映画化された小説『終わった人』、ドラマ化された『すぐ死ぬんだから』(ともに講談社刊)、エッセー『養老院より大学院』(講談社刊)『女盛りは心配盛り』(幻冬舎文庫)、『カネを積まれても使いたくない日本語』(朝日新書)など多数。東北大学相撲部総監督、元横綱審議委員。2003年、大相撲研究のため東北大学大学院入学、06年修了。研究は今も続けている。
※この記事は雑誌「ハルメク」2017年5月号に掲載した記事を再編集しています。
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