86歳で骨折!できないことを受け入れることも重要
中村メイコさんの終活「最期は病院で」と決めたワケ
中村メイコさんの終活「最期は病院で」と決めたワケ
更新日:2023年08月19日
公開日:2022年10月09日
パステルカラーの服で一日を明るく始める

※インタビューは2021年9月に行いました。
取材の日、爽やかなミントグリーンのワンピースにレモン色のベレー帽で登場したメイコさん。スカーフ、バッグ、靴までミント色とレモン色でまとめた装いは、一瞬にしてまわりの空気を明るくします。
「こんな明るい色、若いときは全然着なかったの。モノトーンだったりグレーだったり、シックな色ばかり着ていたのが、60代後半から、どうもしっくりこなくなりました。表情も肌も沈んで見えたんですね。
あるとき、華やかなお花のついた帽子をかぶったイタリア人のおばあちゃまにお会いして、『どうしてそんなに華やかに装ってらっしゃるんですか?』とお聞きしたら、『他人様の目を、まず私の帽子や、着ているものの色に向けさせるのよ。そうすれば相手に楽しんでもらえるし、最初に顔のシワに目がいかないでしょ』って。とってもいいことだなと思いました」とメイコさん。
以来、明るい色のおしゃれを楽しむようになったメイコさん。おすすめは、淡いピンク、空色、イエローなどのパステルカラー。一方、ベージュやモスグリーンといったくすんだ色は「自分の肌もくすんでいるのに、さらにくすんで見せるからダメ」と言います。
「コロナで外出の機会が減って、つい同じ服でいいやとなりがちでしょうが、私は毎日違う服を着ます。朝起きたらベランダからお天気を見て、“今日は曇りだから元気なオレンジを着よう”とか“お日様に映えるブルーにしよう”とか、空の色や気候に合わせて選ぶと、明るい気分で一日を始められるんです」とメイコさんは、ご自身の色選びについて教えてくれました。
「落ち込んだままではもったいない」が骨折から学んだこと
2019年、夫・神津善行(こうづ・よしゆき)さんの演奏会の楽屋で滑って転び、メイコさんは股関節を骨折。手術をして1か月以上の入院生活を送ることに。それからは、前のようにスタスタ歩くことができなくなり、背伸びをして高いところの物を取るのが難しくなるなど、できないことが増えました。
でもそんな自分を受け入れて、暮らしを見直すようになったとメイコさん。「年を取れば骨はもろくなるし、病気もケガも増えて、どうしたって落ち込むことの方が多くなる。でも、そこで沈んだままではもったいない。強がりを言うわけじゃないけれど、工夫して楽しまないと」と笑います。
「例えばお掃除。毎日しようと無理をするのはやめて、よく使う部屋のお掃除は1日おき、普段使っていない部屋はたまにしか掃除機をかけなくなりました。多少ほこりがあったところで、死にませんから(笑)。
料理は、ずっと妻がやるのが当たり前と思っていて、私が『お食事ができました』と声をかけると、夫は『おう』と部屋から出てきて食べるだけでした。ところが、骨折後は夫が本格的に料理をするようになって、朝食には季節の野菜や果物を盛りつけたホテルみたいなモーニングを出してくれるようになりました。今では私よりも彼が台所にいる時間の方が長いんじゃないかしら。
明治生まれのお義母さまが生きていたら『なんという嫁だろう』と言われそうですが(笑)、これは妻の仕事、夫の仕事という固定観念を手放せたのは、ケガをしてよかったことですね」
メイコさんには、忘れられない記憶があるといいます。
「まだ私が若くて元気だった頃、田舎道で野菜の行商をしているおばあさんに出会いました。おばあさんは腰が直角に曲がっていて、思わず『大変ですね』と声をかけると、『いや、若い頃はかがむのが大変だったけど、今はこのままだから楽よ』って答えが返ってきたんです。
なるほど、考え方一つで、老いは哀しみにも幸せにもなるんだなあと、当時はすごく驚きました。自分がおばあさんになった今では実感としてわかります。夫婦で老眼になったときも、『ああ、これからはお互いシワだらけの顔もボヤッとしか見えなくなって助かるわね』と言い合って(笑)。老いは面白がった方がずっと幸せですから」
散らかしたまま死んでやろう
80歳の頃に、地下のある大邸宅からマンションに引っ越した際、トラック7台分の物を手放したメイコさんですが、最近は、無理して物を捨てるのはやめたといいます。
「だって、あんまり後始末、後始末ってがんばってやっていたら疲れちゃうでしょう。それに、きれいに物を捨て過ぎてしまうと、家族は寂しいだろうと思うんです。だから私、ある程度散らかしたまま死んでやろうと思っています。
子どもたちが『まったくお母さんにはあきれるわ。ほら見て、こんなにパンツがいっぱいあるわよ』なんてブーブー言いながら後片付けしているのを、空の上から笑って見ている。それが私の夢ですね」
シンプルな病室で最期を迎えたい理由は…
現在は夫と二人暮らし。娘二人は近くに住んでいますが、よほどの用事がない限りは、頼りにしないようにしているそう。
「この先、足腰が立たなくなって、自宅で暮らすことが難しくなったら、さっさと老人ホームに入りたいと思っています。見学にも行きましたが、もう少し時間をかけて探したいですね」とメイコさん。
近年は“慣れ親しんだ家で最期を迎えたい”と望む人が増えていますが、「私はシンプルな病室で最期を迎えたいの」とメイコさん。かつて姑を自宅で看取った後、その部屋に入るたびに最後の日々が思い出されて涙を流した経験から、「家族には同じような思いをさせたくない」と語ります。
「家は人が暮らす場所。そんな場所に看護師さんが行ったり来たりするような非日常を持ち込むのはどうも不自然だし、家族も滅入ってしまうでしょう。やっぱり女優としては、最後の日々を過ごし、旅立っていく“セット”は、病院がしっくりくるなと思います」とメイコさん。
少しずつ終活も始めているそうですが、「遺言を書くつもりはない」ときっぱり。
「中途半端に、ああしてほしい、こうしてほしいと書き残されても、家族はすごく面倒だろうし、遺言なんて書かずとも、私の生き方や考え方はきっと子どもたちに伝わっているはず。
もし書くとしたら『私の人生は幸せでした』という短い手紙で十分です。無責任と言われるかもしれませんが、私はそれでいいなと思っています」。
中村メイコ(なかむら・めいこ)さんプロフィール
1934(昭和9)年、作家・中村正常の長女として東京に生まれる。2歳8か月のとき映画「江戸っ子健ちゃん」のフクちゃん役でデビュー。以後、女優として映画、テレビ、舞台等で幅広く活躍。57年、作曲家・神津善行と結婚。カンナ・はづき・善之介の一男二女をもうけ、「神津ファミリー」としても親しまれる。『87歳と85歳の夫婦 甘やかさない、ボケさせない』(共著、幻冬舎刊)など著書多数。2023年12月ご逝去。89歳。
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 撮影=中西裕人
※この記事は雑誌「ハルメク」2021年11月号を再編集、掲載しています。
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