「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302023年01月30日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第5期第4回
「人生いろいろ、夫婦もいろいろ♬」木村真理さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催中の通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「会話で書くエッセー」。木村真理さんの作品「人生いろいろ、夫婦もいろいろ♬」と山本さんの講評です。
人生いろいろ、夫婦もいろいろ♬
夫は喋らない。とにかく喋らない。
東北出身者は寒いから口を余分に開かないと言うけど、4人男兄弟でほかの3人は朗かにちゃんと喋るから、そういうことでもないだろう。
亡くなったお母さんによると、夫は小さいころから喧嘩をしたり人と争ったりしない子だったというから、もともと穏やかな性格だったんだろう。
私が知っている20代のころから、たくさん喋るほうではなかったが、60歳になって病気をしてからは一層喋らなくなった。
こちらが問いかけなければ、一日中一言も発しないことだってある。
「ねえ、ご飯食べたら一言ぐらいなんか言おうよ!美味しかったとかさ」
「……」
「うんとかすんとかさ」
「うん」
「じゃなくてぇ~、ごちそうさまとかさ」
「……」
2週間くらい言い続けたら、やっと「ごちそうさま」だけ言うようになった。
そうそう、朝食時、窓越しに何か見つけた時だけ、指差して「あっ」とか「鳥」とか言う。
1歳半の孫が言葉にならない語りを一生懸命している。
私にはこっちのほうが楽しくて
「1歳の子 何語か分からぬ 指差し言葉 からだいっぱい 母さんに告ぐ」
なんて短歌もどきにしてるけど、夫の指差し言葉はそんなにかわいらしいものではない。
竹内まりやの歌に「♪話すことさえ なくなるなんて 私に飽きた証拠♪」なんてのがあるけど、60代のふたり、もうそんな時はずっと昔に過ぎた。
そんな夫が少しばかりお喋りになって、笑う時が2場面だけある。
夫は昔、料理人になりたかった人で、料理を作るのが得意。
夕食は夫の担当である。出来上がるのが待ちきれない私がつまみ食いをして
「これ、うまいね!」というと、ふふっと小さく、でもとっぷり笑って
「そうかあ~」
もうひとつはプロ野球のリーグ戦。夫は昔からのヤクルトファン。
テレビ放送があるとなると早々に夕食を終えて、画面から1メートルの床にドカンと胡坐をかいて座る。前にはコップなみなみの牛乳が置かれている。
「この投手、だれ?」
「山下。新人」
「へえ~、なかなかたいしたものだね。来シーズン期待できるね」
「ふふっ」
会話が弾む。
「来年も優勝するといいね」
「ふっ」
そのまま2~3時間テレビは独占され、終盤、こちらはあくびの連発。
「じゃあね、おやすみ」「その牛乳、こぼさないでよね! 臭くなるから!」
「……」
「人生いろいろ♪ 夫婦もいろいろ♬」と声には出さずに歌いながら、ファンでもないのに、来年の東京ヤクルトスワローズの活躍を期待している。
山本ふみこさんからひとこと
とても豊かな会話です。「喋らない」という旦那さまには、動作やムードのお喋りがあって、それがたまらなく魅力的です。それを受けとめる書き手もあたたかく、思わず引きこまれました。
「これ、うまいね!」というと、ふふっと小さく、でもとっぷり笑って、
という表現。やられた! と思いました。こんなかたちで、夫君は喋るのです。
会話の展開、素敵でした。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第5期の講座を開講しています(第6期までの募集は終了しました)。次回第7期の参加者の募集は、2023年6月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年7月号の誌上とハルメク365イベント予約サイト(6月更新予定)のページをご覧ください。
■エッセー作品一覧■