「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302024年07月31日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第8期第4回
「ばぁばしずかちゃん」小田原薫さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第8期4回目のテーマは「あれ?」。小田原薫さんの作品「ばあばしずかちゃん」と山本さんの講評です。
ばあばしずかちゃん
「ドラえもんとのび太君だ!」
映画の広告が新聞に載っているのを見つけた。数年前の春のことだ。ふ~ん、まだ『ドラえもん』上映されているんだ。懐かしさと共に、のび太君、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫君達の目が浮かび、ドラえもんをまた読みたくなった。小学生と園児だった息子たちを連れて市内の映画館へ足を運んだのはもう40数年も前のこと。ドラえもんの世界に親子揃ってどっぷり浸かっていた日はもう帰ってこないけれど、のび太君とドラえもんたちへの熱い思いは胸の奥底に残っていたことに気がついた。
漫画は面白くて、魅力的だ。架空の人物が主役なら、本や映画の中で思う存分動きまわるのだから、子供が夢中にならないわけはない。
「宿題しないで、漫画ばっかり読んでたらあかんよ」漫画の世界から現実へ連れ戻そうとする親の言葉は、どこかへ飛んでいったのだろう。漫画より勉強が好きな子供なんてめったにいるものじゃない。いやいや、1人いた。『ドラえもん』に登場するのび太君の友達の出木杉君だ。
♪あんなこと、いいな。出来たらいいな。あんな夢、こんな夢いっぱ~いあるけど♪ で始まるテーマソングを聞くのが毎週末の楽しみだった。藤子・F・不二雄氏作の漫画『ドラえもん』は22世紀からやってきたネコ型ロボットのドラえもんと、勉強嫌いだけど優しい性格ののび太君を中心とした子供らしい物語だ。
わくわくするのは、のび太君のピンチを救うために、ドラえもんがお腹の不思議ポケットから秘密道具を取り出す瞬間だ。「どこでもドア」は大人でも欲しくなる。夢の象徴ドラえもんの世界を知ると、誰でも温かい気持ちに包まれる。ほんわかした雰囲気は心地よい。
しずかちゃんを演じたことがある。60代から夫と一緒に通っていた健老大学の大学祭で英語劇『ドラえもん』を発表した。Sのイニシャルの上着に、頭にはリボン、橙色のスカート姿の「ばぁばしずかちゃん」を思い出す。楽しかったなぁ、ドラえもんの世界は。
***
「ばぁばしずかちゃんだ!」客席から孫の声が聞こえた。初舞台は63歳。遅咲きの女優ではない。60歳を越えた同級生と一緒にしずかちゃん役でデビューした。
夫と一緒に週1回、健老大学の英語クラスに通っていた。毎年3月に行なわれる大学祭で、イギリス人講師のオリジナル英語劇「ドラえもん世界を救う」を披露した。
小学生の女の子を60代女性3人が演じる。どこから見てもとても小学生には見えないが1人2役ならぬ3人1役の「ばぁばしずかちゃん」が誕生した。明るい春色のフレアスカートをはき、赤いリボンで頭を飾り、ピンクのフェルトでイニシャルSを切り抜いて、上着の胸に縫いつけると「ばぁばしずかちゃん」の出来上がりだ。
洗濯物をたたむ時、買物に出かける時、お風呂にはいっている時、気がつくと英語のセリフを何度も繰り返し口にしていた。ひとり夢中になってしずかちゃんになりきって、まるで学園祭のようだなと苦笑いしながらも、「非日常」の劇の練習にはまっていた。観客の前で英語で演技するなんて、想像もしていなかったが、新しいことに挑戦しようとした自分がちょっぴり誇らしい。
劇中人物の性格が私のと違っているのは当然だけど、非日常の世界を楽しむのもなかなかいいものだ。自分のことは、自分だけがよく知っていると思っているが、本当は他人が知っている自分もまた自分自身なのかもしれない。級友と一緒に長い間、練習を重ねたことでそう思えるようになった。高齢の挑戦も味わい深い。
ぼろぼろになった英語の脚本とイニシャル付き上着は、引き出しにしまっておこう。使わへんものを置いて、どうするねん! と夫は言うに違いないけど。
山本ふみこさんからひとこと
この作品は連作です。
前半部分は8期#1(テーマ:漫画)の作品、後半部分は8期#4(テーマ:あれ?)の作品です。
#1(タイトルは「ドラえもん」)を読んだとき、いいな、ときめきがあって……と感心しましたが、結びのここを読んで、つづきが読みたくなりました。
しずかちゃんを演じたことがある。
そこで、8期のうちに「しずかちゃん役の舞台」について書いてくださいと、お願いして、それが実現したのです。
このような連作の成り立ちを、皆さんも頭においてはいかがでしょう。
1作で何もかも書こうとせずに、少しばかり趣を変えながら、2つ3つと、分けて書く……という方法です。
ところでところで、「ばぁばしずかちゃん」の舞台、観たかったなあ。「演じる」は、「書く」と似たところがあるのではないでしょうか。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在、次回9期のご参加者を募集しています。(抽選制)
詳しくは雑誌「ハルメク」9月号、またはハルメク365イベント予約ページをご覧ください。
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