今月のおすすめエッセー「庭づくり」富山芳子さん
2024.12.312021年06月04日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第2期第2回
エッセー作品「キチキチの日」あべれみさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第2回の作品テーマは「風」です。あべれみさんの作品「キチキチの日」と山本さんの講評です。
キチキチの日
「きちっきちっきちっ」。
先頭を歩く小学1年生のさきちゃんは、まだ少し甘えん坊さんな口調で「きちっきちっ」とくり返しながら行進する。
その後ろから、小学3年生のれみちゃんが、「キチッッキチッッキチッッ」と、しっかりとした口調で、(小さい「ッ」を2つも入れて)さきちゃんの歩調に合わせて行進する。
行先は、1回角を曲がるだけで到着する近所の銭湯だ。大人が歩けば5分くらいの距離を、れみちゃんとさきちゃんは10分かけて行進していく。
れみちゃんとさきちゃん姉妹のお母さんは、夏休み中の2人に邪魔されずに家事をしたり、ちょっと息抜きをしたい時に、2人を銭湯に行かせることを思いついた。
家族で頻繁に利用している近所の銭湯は、脱衣場に「お手伝いおばさん」が常駐している。
まだ1人で着替えができない子のお手伝いだけでなく、悪ふざけしていたら叱ってくれるので心配がない。昭和の良いところだ。
れみちゃんは、お母さんから「さきちゃんの面倒をキチンと見てあげてね。」と言われた。
これがきっかけで、何もかもキチット、キチンとする「キチキチの日」が誕生した。
ルールは簡単。とにかくキチンとすればいい。
はじめはれみちゃんだけがやっていたら、さきちゃんが真似して、結局2人の遊びになった。
前後に並んで行進し、曲がり角はできるだけ直角に曲がる。
脱いだ服はキチンと四角く折りたたみ、おしゃべりの代わりに「キチッッキチッッキチッッ」っと呪文のように唱えながら体を洗い、髪を洗う。
湯舟にはキッチリ肩まで入り、100まで数える。
脱衣場に戻り、体を拭いたら水を飲む。
れみちゃんは、100まで数えた時は、水を飲むようにお母さんから言われていた。
さきちゃんにもキチンと飲ませた。
お母さんが作ってくれた、さきちゃんとお揃いのタオル地のワンピースを着て、荷物をキチンとまとめる。
番台のおばさんに、「おせわさまでした。」とお母さんの真似をしてキチンと挨拶をして外に出る。
風呂上がりのれみちゃんとさきちゃんには、まだまだ明るいけれど、少しまったりした夏の夕方がとても気持ち良かった。
手をつないで歩きだす。もう「キチキチ」の呪文は唱えていない。
行きに直角に曲がった角は、手をつないだままスキップをしながら曲がる。
いつの間にか「キチキチの日」は終了し、れみちゃんとさきちゃんはスキップから小走りになっている。
れみちゃんの少し火照った頬と、さきちゃんの乾ききっていないセミロングの髪を夕方の風がフワッと撫でていく。
家の手前3軒目までやってきた。
2人は目を合わせてうなずくと、大きな声で――。
「ただ~いま~。」
山本ふみこさんからひとこと
子どもって、大人をよく見ていますね。
よく見ていて、なんとか助けになりたいとも考えています。
ふたりで目的の銭湯まで行進し(曲がり角なんかは、直角に曲がります)、
到着してからは脱いだ服を四角くたたみ……。
子どものこころを忘れず、描ききった作家に拍手を送ります。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回第3期の参加者の募集は、2021年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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