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- 安楽死と家族を描く「ブラックバード」鑑賞後は複雑に
コラムニストの矢部万紀子さんのカルチャー連載。今回は、映画「ブラックバード 家族が家族であるうちに」を取り上げます。「病気で動けなくなるなら、死を選びたい」と家族に言われたら。個人の自由の権限と家族のあり方を考えさせられます。
自分が不治の病にかかったときの選択肢は
映画「ブラックバード 家族が家族であるうちに」は、安楽死をすると決めた女性・リリーが主人公です。観終わって、心の中がモヤモヤしています。体の自由を失って生きるよりも死を選ぶ、当事者のその思いは理解しつつ、それでいいのかしらという思いが消えません。それはきっと60歳という私自身の年齢と関係があると思います。
リリーを紹介すると、年齢は70代(です、たぶん)、医師の夫と2人で海辺にあるとても素敵な家で暮らしています。娘が2人に孫が1人、おしゃれでユーモアのセンスがあり、考え方はリベラルです。
右手しか使えず、歩くのも不自由です。「あと数週間もすれば寝たきりになって、呼吸も唾を飲み込むことも自力ではできなくなる」という状況だと途中で説明されます。機械につながれて生きるのは嫌、だから自分で動けるうちに死ぬ。それが彼女の選択です。
物語は、海辺の家に家族が集まるところから始まります。2日後の「決行」を前に、長女と次女、それぞれのパートナー、長女の息子、そして学生時代からの親友である女性がそろいます。彼女の最期まで、明るく楽しく過ごす。それが全員の共通認識です。
長女はしっかり者で、次女はどうやらそうでもない。2人の間にはいろいろなわだかまりがあることはすぐに明らかになりますが、それでもみんなで海辺を歩き、最後の晩餐はリリーの要望で季節外れの「クリスマスディナー」ということにします。
家族である前に、個々人の生き方がある
リリーと親友のリズは、次女とそのパートナーについてこんなふうに語ります。「彼女好きよ」「私もよ」「それに、家族がレズビアンっておしゃれだわ」。LGBTQへの理解の表現だと受け止めました。「リベラル」と書いた理由の一つはここにもあります。次女のパートナーを演じているのは、自身のジェンダーを「ノンバイナリー」であると公表している俳優だとパンフレットにあります。
ノンバイナリーとは「自分の性認識に男性か女性かという枠組みをあてはめようとしない考え方のこと」だと、初めて知りました。このことでも、この映画が「安楽死」だけを描く映画でないのだとわかります。「安楽死」をきっかけに見えてくる「家族」、その前提としての個々人の生き方、そういうものがテーマなのだと思います。
ツリーまで飾った最後のディナーに、リリーは肩の出た体にピッタリのドレスを着て登場します。そして一人ひとりにお別れのプレゼントをします。シックでセンスのよい贈り物です。これで終われば美しい最後の晩餐になったのですが、そこから波乱が次々と起きます。
安楽死というものを明日に控え、その家族が平静でいられるはずがない。一応は納得して集まったはずでも、最後に娘2人は「反対」を主張します。そこから家族それぞれが隠していた秘密が、次々と明らかになっていくのです。
家族に秘密はつきものとはいえ、そこで描かれた秘密は決して軽いものではありません。でもリリーと家族は、そこから関係を結び直していきます。「本当の気持ち」をぶつけあう。実にシンプルなことですが、それが解決の道でした。
安楽死を望む、でもそれでいいの?
リリーの病名は最後まで明かされませんが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)ではないかと想像がつきます。実際、パンフレットにはそう書かれていました。思い出すのが、2020年8月に日本であった事件です。ALSで寝たきりだった女性が死亡し、2人の医師が嘱託殺人容疑で逮捕されました。女性はSNSで、死を望むと訴えていたそうです。
印象に残っているのが、「ALSの介護はとても技術が必要」という専門家の言葉です。状況次第で死は避けられたかもしれない。そんな無念さが伝わってきたから、記憶に残っているのです。
リリーの孫が祖父(=リリーの夫)に、「違法ではないか」と尋ねるシーンがありました。彼は「ワシントン州、オレゴン州、ヨーロッパ」など合法な所もあると答え、「逮捕される?」という問いには、医師という立場を利用したそうならないシナリオを示しました。
リリーと夫がどうなるか。最後までは描かれませんでした。最後の画面は美しく、もっと若ければ「静寂の中、リリーの強さが際立つ」といった紹介をしたような気もします。
でも、どうしても「それでいいの?」という思いが離れません。それはきっと60歳だからだと思います。「人生100年時代」にしても、折り返しは過ぎています。死を「客観」として、つまり他人事ととらえることができず、いろいろな意味で「自分なら」と考えるのです。リリーが私だったら、とも考えますが、それだけではありません。親が、パートナーがリリーの立場になり、彼女のような選択を望んだら……。リリーの決断を「強さ」としてよいのか。その思いが消えません。
映画の良さは、自分と向き合えることだと思います。「ブラックバード」は6月11日、全国で公開されます。東京でも大阪でも、映画館が再開されました。足を運んでみてください。
矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)
■『ブラックバード 家族が家族であるうちに』
6月11日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
監督:ロジャー・ミッシェル
脚本:クリスチャン・トープ
出演:スーザン・サランドン、ケイト・ウィンスレット、ミア・ワシコウスカ、サム・ニール、リンジー・ダンカン、レイン・ウィルソン、ベックス・テイラー=クラウス、アンソン・ブーン
2019 年/アメリカ、イギリス/英語/97 分/スコープサイズ/5.1ch/原題:Blackbird/日本語字幕:斎藤敦子
配給:プレシディオ、彩プロ
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