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- 映画レビュー|「わからなさ」の恐ろしさを描く『月』
女性におすすめの最新映画情報を映画ジャーナリスト・立田敦子さんが解説。今回は、辺見庸(へんみ・よう)の同名小説。2016年に神奈川県の津久井やまゆり園で起こった殺傷事件に着想を得て書かれた、人間の尊厳についての物語。
「月」
![「月」](https://halmek.co.jp/media/uploads/c9c038998b780a5448ccd8b4233c06c91698136861.4333.jpg)
この作品を見るには覚悟がいる。けれど、多くの人が見るべき作品であるとも思う。
夫(オダギリジョー)と慎ましく暮らしている“元作家”の堂島洋子(宮沢りえ)は、ある日、重度障害者施設に職を得る。
洋子に憧れと同時にシニカルな視線を投げかける作家志望の陽子(二階堂ふみ)や絵のうまい青年さとくん(磯村勇斗<いそむら・はやと>)といった同僚と親しくなる一方、施設のスタッフたちによる入所者に対する暴力やいじめなどを知り、驚きと憤りを隠せない。
そんな中、理不尽な社会への憤りを募らせたさとくんがある行動に出る……。
原作は辺見庸(へんみ・よう)の同名小説。2016年に神奈川県の津久井やまゆり園で起こった殺傷事件に着想を得て書かれたものだ。
のちに事件を起こすことになるさとくんには、一見、大量殺人を起こすような凶悪さは見当たらない。けれど、彼の中で理不尽な社会における鬱憤や疑念が募ってくると、理想主義はゆがみ、怒りの矛先は障害者に向かった。
「障害者なんていなければいい」。なぜそのような思想を持ったのか、ほとんどの人は理解に苦しむだろうが、その“わからなさ”が恐ろしい。しかし、これは私たちの生活と地続きの話でもある。
一部の職員たちが行っていた障害者への虐待を見ると、日常の中で差別意識がいとも簡単に生まれる様をまざまざと見せつけられているようで心が痛む。
映画は、宮沢りえが演じる“書けなくなった”作家・洋子の視点を通して語られる。かつて文学賞を受賞し脚光を浴びた時期もあったが、今は日の当たらない生活を送っている。
夢を描けない現実の中にうずくまっている洋子も、プライドを打ち砕かれ、世の中から必要とされていないという疎外感を感じている。衝撃的な事件を軸にしているが、これは人間の尊厳についての物語でもある。
「月」
執筆から遠ざかっている作家の洋子は、森の奥に立つ重度障害者施設で職を得るが、職員により日常的に行われている入所者への虐待を目の当たりにする。「舟を編む」の石井裕也監督による社会派ドラマ。
監督・脚本/石井裕也
原作/辺見庸『月』(KADOKAWA/角川文庫刊)
出演/宮沢りえ、磯村勇斗、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ、オダギリジョー他
配給/スターサンズ
2023年10月13日(金)より、新宿バルト9他、全国公開
https://www.tsuki-cinema.com/
今月のもう1本「ラ・ボエーム ニューヨーク愛の歌」
![今月のもう1本「ラ・ボエーム ニューヨーク愛の歌」](https://halmek.co.jp/media/uploads/58da4b7505e3043e512197750b9de7931698136932.4785.jpg)
大晦日のニューヨーク、暖房もままならない屋根裏部屋で若き芸術家たちが暮らしている。
その一人、詩人ロドルフォは、隣人のミミと出会い恋に落ち、画家のマルチェッロは新年のパーティーで元恋人のムゼッタと再会する。
愛と青春を歌うプッチーニによるオペラの最高傑作『ラ・ボエーム』を、現代のニューヨークの街に舞台を移して映像化した画期的なミュージカル映画。非白人の実力派歌手たちのパフォーマンスも新鮮だ。
監督/レイン・レトマー
出演/ビジョー・チャン、シャン・ズウェン、ラリサ・マルティネス、ルイス・アレハンドロ・オロスコ、井上秀則他
製作/2022年、香港・アメリカ
配給/フラニー&Co.、シネメディア、リュミエール
2023年10月6日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他、全国順次公開
https://la-boheme.jp/index.html
文・立田敦子
たつた・あつこ 映画ジャーナリスト。雑誌や新聞などで執筆する他、カンヌ、ヴェネチアなど国際映画祭の取材活動もフィールドワークとしている。エンターテインメント・メディア『ファンズボイス』(fansvoice.jp)を運営。
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