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- エッセー作品「まずは湯舟につかり」近藤陽子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「昨日」です。近藤陽子さんの作品「まずは湯舟につかり」と山本さんの講評です。
まずは湯舟につかり
令和5年 元旦
夫と2人だけのおだやかな新年を迎え、ゆっくりお雑煮を食べ車で5分の温泉へ朝風呂に出かける。
と、ここまでは順調なすべり出しの新年だった。
ところが「ふぅー」と湯舟につかり両手で顔をすすぐとおや、何か手の感触が違う。
手を見ると、なんということだろう。薬指にはめている指輪がない。
義母からゆずられた埋め込みダイヤの指輪だ。少しゆるめだったがこれまで抜けそうになっても抜けたことはない。
そして自分ではずした記憶もない。
一瞬にして頭の中は真っ白、正月気分も温泉気分もふっ飛ぶ。
「落ち着けわたし」と言い聞かせ、湯舟の中、排水口、脱衣場、ロッカー、湿布を丸めて捨てたごみ箱、脱いだ衣類を探してみるが光る物は見当たらない。
これまでのわたしだったらここでオロオロ、バタバタするところだが新年またひとつ年を重ね肝っ玉がすわったのかまずは湯舟につかり、前の日からのことを思い返すことにする。
(わたしが指輪をしていることなど気づいていない夫には、しばらく内緒)。
令和4年12月31日 大みそ日
前日までに大そうじ年飾り、黒豆作り、息子達への正月荷物の送りを済ませ例年よりのんびりとしていた。
毎年気仙沼出身の本家のお姉さんから届くコンブ、カツオ節、イリコ、スルメを使い大鍋で出汁をとる。
年越しそば、雑煮、お煮しめ、五目寿司に使う出汁だ。
そして紅白歌合戦に藤井風が登場する頃にはおせちのお重も完成(ここまでの水仕事で指輪が抜けるとは思えない)。
紅白が終わるなり湯神社へ初詣へ。
夫からお賽銭の小銭をもらう時、ふざけて「1年に1度ぐらい手を握ってあげよう。」とギュッと夫の手を握った。
ビックリした夫がわたしから逃げようとするのがおもしろくてしばらくワチャワチャした時に指輪が抜けたのかもしれない(ああ、ふざけるんじゃなかった)。
再び元旦へ話をもどす。
夫の前では冷静を装い家に帰ると台所、洗面所あたりを何気ないふりをしてゴソゴソ。
でも見つからない。
最近のわたしは、何気なくしたことをすっかり忘れていることがある、と思いつき、指輪ケースを開けてみる。
なんとそこには、いつもよりキラキラ輝いてみえる指輪が……。
山本ふみこさんからひとこと
その日のうちにみつかって、よかった……。
でも、ほぼ1日のあいだ指輪が見えなくなったからこそ、生まれた作品です。
「書く」おもしろさは、どんなことが起きたって、こうして記録することができるというところにもあります。恨みつらみをそのままぶちまけたりせず、反省し過ぎたりすることなく、静かに記録することです。
その点、「まずは湯舟につかり」の書き手「近藤陽子」の書きぶりは明るく、ユーモアもあります。
あたらしい年がはじまり、ひとつ歳を重ねたのだから、肝っ玉が坐っているはず、として、まずは湯舟につかり、自らの行動をふり返るところ、とくにいいなあ。好きだなあ。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
募集については、今後 雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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