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- エッセー作品「満月のメール」西羅幸子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。西羅幸子さんの作品「満月のメール」と青木さんの講評です。
満月のメール
仕事帰りの空に満月が上り始めていた。
まだ夜になりきる前の、紺色めいた空に浮かんだ月の美しさに、時を忘れて見惚れた。
なんでも今年最後の満月らしい。
満月を見ると、必ず亡き父を思い出す。
父は昭和一桁生まれの厳格な人だった。
子供の頃は、肉親としての愛情は勿論感じていたが、どちらかというと、畏怖とも言うべき思いが強かったかもしれない。
多忙な中、小学生の私に勉強を教えてくれたり、庭でバドミントンの相手をしてくれるのだが、あまり笑わない父にどう接していいのかわからず、困惑しながらも拒否するような勇気もなかったのだ。
中学生以降は、口ばかり達者でちっとも成績の上がらない私に、優秀で立身出世を遂げた父は、がっかりし続けていたと思う。
そんな父も私の生んだ初孫には目を細め、老いとともに発言に変化がみられるようになった。
以前はメールが送られてくることはほとんど無かったのに、
子供達が小学生になると、満月の夜には必ず
「今夜は満月です。みんなで見てください」
と送られてくるようになった。
最初はその都度「きれいですね、子供達と見ました」などと返信していたが、子育ての忙しい最中、毎度送られてくる、まるで定型文のようなメールへの返信が段々と面倒になり、あまり返信をしなくなってしまった。
父からはそのことについて特に言われなかったし、返信を求めている訳ではないんだなと勝手に解釈していた。
そもそも悠々自適の70代と現役真っ只中の30代では時間の流れが全く違う。
いちいちメールしてこなくても満月くらい、わかってるよ、なんなら今日見なくても、来月も見られるんだから、晩ご飯を食べさせて、宿題させて、お風呂入れて、こっちはやることが山のようにあるんだから、と思っていた。
一度だけ、父から「返事もよこさないで」と言われた時も、軽くあしらってしまったように記憶している。
しかし今、自分が初老にさしかかり、老いるということ、それに伴う逃れようのない様々な現実が迫ってきていることを実感する度に、満月を知らせるメールに込められた父の胸の内についても思いを巡らせるようになった。
孫の成長につれ、幼児の頃のような密な交流は減り、自身も社会から引退した父は寂しかったのかもしれない。
けれども、昭和一桁生まれにありがちな感情を露わにしない育ち方をしていたので、愛情も寂しさも、わかりやすい表現が出来ずに、毎月の満月のメールにその思いを込めていたのではなかったのだろうか。
満月を見ると、必ず亡き父を思い出す。
私と私の子供達に静かな愛をそそいでくれた父。
自分の暮らしに精一杯で残酷になっていた私。
残りの人生は、このことをずっと抱えて生きていこうと思う。
父の愛に感謝しながら。
青木奈緖さんからひとこと
父と娘の関係に静かに思いをめぐらせた、内省的な作品です。月は太陽の光を受けて間接的に輝くことから、その光に照らされて浮かびあがるものがありますね。
「満月くらい(中略)今日見なくても、来月も見られるんだから」という台詞は、子育て中の忙しさをうまく表現し、かつユーモラスです。お父様は自分の娘がこんな状態だからこそ、娘にも、その子どもたちにも月の満ち欠けに心を向けるゆとりを持ってほしいとお思いになったのでしょう。歳月を経て、父親の思いが娘に着実に伝わっていますね。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間。
2023年3月からは、第6期がスタートします(受講募集期間は終了しています)。5月からは、青木先生が選んだ作品と解説動画をハルメク365でお楽しみいただけます(毎月25日更新予定)。
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