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- エッセー作品「出航」西山聖子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。西山聖子さんの作品「出航」と青木さんの講評です。
出航
ここに1 冊の絵画の本がある。
元の持ち主は私の父の叔父で、船員だった時に海外で購入し日本に持ち帰った本だそうだ。
大正元年の夏、23歳の彼は初めて外国航路の客船に乗り、横浜からロンドンに向け旅立った。
その年の4月に豪華客船タイタニック号の沈没事故があり、大きな客船でも必ずしも安全ではない事を、改めて世界中の人々が認識した頃だ。
しかし、若くて好奇心旺盛でまだ見ぬ国への思いを馳せた彼はためらいなく船で働く事を選び、彼を乗せた船は出航した。
上海、香港、シンガポールを経由してスエズ、マルセイユからロンドンへ。
途中で数日下船しながら50日の航海は続く。
当時、日本から海外へ行く事ができたのは、医学ならドイツ、芸術ならパリ、文学ならイギリスと勉学目的の留学生達か視察の為の政治家、皇族や貴族院など、限られたごく一部の人達であった。
乗客の半分以上は外国人であり、航海中彼は様々な光景を目にする。
例えば裕福なアメリカの婦人は背の高い屈強な男性を今で言うボディーガードとして雇い、世界1周の旅を続けている。商談目的で上海へ訪れるドイツ人やお酒を飲みながらビリヤードに興じるイギリス人など、国も職業も様々な人々がいた 。
天気の良い日には、広い甲板に出て両足を袋に入れてジャンプしながら進むサックレースが始まる事もあったし、冷房設備のある部屋でゆっくりと読書を楽しむ人もいて、それぞれに長旅を工夫している。
彼には何もかもが初めて目にすることばかりで、船員としての労働はつらいこともあったが、50日間はあっという間に過ぎていった。
先日、部屋の片づけをしていたら、私が結婚した時に実家から持ってきた先祖の写真と本を久しぶりに見つけた。
父にとっての叔父のことを、私は写真でしか知らない。
父が生まれる前にすでに亡くなっており、父からは唯、船員をしていた叔父がいたと伝え聞いたのみである。
そして残されたのは、彼が渡航から持ち帰った、約110年前に出版された「100ポピュラー・ピクチャーズ」と題したヨーロッパの絵画の本が1冊。ところどころセピア色に変色しているずっしりと重い本のページを捲り、手元にある数枚の先祖の写真を眺めて、私は遠い昔に思いを馳せる。
何故、彼は船員になったのだろう。船上でどんな時間を過ごしたのだろうか、と。
開業医だった父も生前、年を取ったら船医になりたいと言っていた事があり、何処かで叔父の影響を受けて海への憧れを持っていたのだろうか。
当の私は小学生の頃、現在は国の重要文化財に指定されている横浜の氷川丸を見学したくらいで、大きな客船に乗る機会はこの先もないだろうが、海に浮かぶ美しい船体には心惹かれるものがある。
青木奈緖さんからひとこと
家族のエッセーは思い出が中心となりがちですが、この作品は大胆に創作を取り入れています。身内といっても会ったことがなく、手がかりは古い写真が数枚と本が一冊ですが、そこからこんな素敵なエッセーが書けるという好例です。
史実を曲げることはできませんが、少ない手がかりを活用して大胆に創造しましょう。創作世界と回想部分をはっきり分けた方が良い場合は、この作品のように途中で1行アキを入れるとわかりやすいです。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間。
2023年3月からは、第6期がスタートします(受講募集期間は終了しています)。5月からは、青木先生が選んだ作品と解説動画をハルメク365でお楽しみいただけます(毎月25日更新予定)。
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