通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第5期第3回

エッセー作品「ジムノペディ」佐伯典子さん

公開日:2022.12.28

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「一歩」です。佐伯典子さんの作品「ジムノペディ」と山本さんの講評です。

「ジムノペディ」
エッセー作品「ジムノペディ」佐伯典子さん

ジムノペディ

「家では電子ピアノを使ってるんで、これはもう使わないの。良かったら使ってくれないかな?」
と言ってコッコさんがキーボードを譲ってくれた。
「勿論、もちろん。大歓迎よ。うれしい!」
若干古いが有り難い。簡単な練習曲集もおまけについてきた。

鍵盤楽器を弾くことは子供の頃からの夢だった。
近所の同じ年頃の小学生の多くはピアノを習いだしていた。私も習いたかったのに父は許さなかった。
今ならローンを抱えた懐事情を察するのだが、あの頃は恨めしく思ったものだ。
以来両手で鍵盤を弾くことは私にとって憧れそのものになった。
時が流れ娘達がピアノを習いだしたとき一緒に練習をとも考えたが、下手な音が周囲に漏れるのが恥ずかしく手が出なかった。

ところが、ところが。嬉しいことにコッコさんが譲ってくれたキーボードにはイヤホンがついている。
イヤホンを差すと音が全く外に漏れない。今節当り前の機能なのだろうがなんと心安らぐことだろう。
周囲を気にせずとも練習ができる。60年来の夢がかなったのだ。

まず最初の曲を弾いてみた。右手はまずまず弾ける。左手はぎこちないけれどまあ弾ける。
ところが両手で弾くと、まあなんと言うことだろう。右手の指と左手の指がこんがらがって曲にならない。
なんど繰り返してもだめだ。簡単な童謡なのに頭と手と目がバラバラに機能してとても自分の体とは思えないのだ。
年のせいなのかなぁ。子どもの時に習っておけばもっとスラスラできたはずと、恨めしい。
その上根気が続かない。集中力がすぐに途切れる。おまけに手の筋が引き攣れてきた。
情けなや。二重三重のハンディキャップを背負っている悲しい自分。

キーボードと格闘する日々を繰り返しつつ3ヶ月がたった。
小学生なら3日で習得する曲がやっとのことでできた。少しは上達したのかな。

若い人が3日のところを3ヶ月、3ヶ月のところを3年、3年のところを30年。
おっと寿命が残っていないぞ。でもいい。今より少しだけでも前に進めたら積年の望みが叶えられる。
娘が残していた「ジムノペディ」や「月の光」の楽譜をなでながら、夢のまた夢の中をうっとりさまよっている。

山本ふみこさんからひとこと

うっとりと読みました。「家では電子ピアノを使ってるんで、これはもう使わないの。良かったら使ってくれないかな?」というはじまり。何かが起こりそうではありませんか。

事件が持ち上がるわけではありませんけれど、いろいろの時代の記憶、そして現在、そればかりかこれからの夢まで描かれています。このような作品は、時制を正確に立ててゆかないと、読み手はすぐに迷子になります。

「ジムノペディ」はお見事です。拍手いたします。  

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

現在第5期の講座を開講しています(第6期までの募集は終了しました)。次回第7期の参加者の募集は、2023年6月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年7月号の誌上とハルメク365イベント予約サイト(6月更新予定)のページをご覧ください。


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ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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