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- エッセー作品「赤の鉢」佐伯典子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「決める」です。佐伯典子さんの作品「赤の鉢」と山本さんの講評です。
赤の鉢
食卓の小さなガラス器にバラを2本飾っている。
ベランダの鉢でほころびかけるのを見計らって切り、室内に活けると立派に開いてくれるのだ。
といっても、直径3㎝に満たないミニバラ。それでも私は大満足だ。
11年前の春、体調をこわして入院した時のことだ。園芸上手な友人がミニバラの鉢を贈ってくれた。
鉢は3鉢ありそれぞれ赤・黄・白と3色のバラの花がいっぱい咲いていた。
友人の温かい心遣いに感激した。嬉しかった。が、私は一度もバラを育てたことがなかったからすぐ枯らしたら申し訳ない、どうしようと内心当惑したのも事実だ。
友人に教わりながら一生懸命世話をした。
ベランダ栽培の注意点はまず温度対策。気温の影響を少なくするため大き目で厚みのある鉢カバーに入れる。
夏場には鉢の温度を下げるための水をまず1杯かけ、土の温度を下げるための水を更に1杯、そしてバラへの水を1杯と、3回水やりすると良いと教わった。
だが、黄色と白の鉢はその年の夏の暑さで枯れてしまった。
赤の鉢だけはしっかりと生き残ってくれた。
10年を超える間には何度も危機があった。葉の裏に小さな虫がびっしりついたり、病気なのかぐったりしたり。
あわてて友人に問い合わせると1枚ずつ水で葉を洗い、牛乳を薄めた液で拭き取るとよいと教えてくれた。
これはよく効いた。だめかと思った古い株の隣からいくつかの新しい芽が伸びて小さい赤っぽい葉が出てくる。
薄めた牛乳水は花付きにも効果的で健気に次々に花を咲かせてくれる。 小ぶりの朱赤の花は老人二人の食卓に明るさと心のよりどころを与えてくれる。有り難い何よりのごちそうだ。
先日のこと。ベランダで大きな音がした。夏場の床からの熱気を避けるため少し高い台に置いたバラの鉢が落ちたのだ。
バラの隣のオリヅルランと戯れていた飼い猫ハムの仕業だった。ハムは大慌てで部屋に逃げ込んだ。
転がった鉢からはわらわらと大量の蟻が出てきた。なんと、鉢の中は大きな蟻の巣と共存していたようだ。
暑いさなかにこれまでに無い大惨事と思いきや、バラの枝はしなやかに衝撃をかわしていた。
根を押さえ水をやったらいつも通り機嫌良く花が咲いた。
なんと嬉しいことか。バラに感謝とお礼がしたい。そうだ、バラへの一番のお礼は牛乳の薄め液だ。
重いからつい買うのを敬遠してしまう牛乳だが今日は忘れず買ってこよう。
山本ふみこさんからひとこと
赤いミニバラの物語です。
ひとつの小さな鉢を見つめて作品に仕上げる……。これは「書いてゆく私たち」にとって、とてもおもしろい表現活動です。
つい、描く対象範囲を広げたくなったり、登場人物を増やしたり、気を散らしたりしがちですが、そうなると作品は……、薄まりがちになります。
「赤の鉢」、じっくり読んでみてくださいまし。学ぶことがたくさんあります。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在は第5期の講座を開催中(募集は終了しました)。次回第6期の参加者の募集は、2022年12月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年1月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。
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