通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第5期第1回

エッセー作品「何でもとっておく」大井洋子さん

公開日:2022.11.01

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。 今月の作品のテーマは「決める」です。大井洋子さんの作品「何でもとっておく」と山本さんの講評です。

「何でもとっておく」
エッセー作品「何でもとっておく」大井洋子さん

何でもとっておく

退職後、夫が住まいのあった東京都大田区から、もう少し静かな土地へ引っ越したいと言い始めた。
すっきりと身軽に生活するのに絶好の機会を逃してなるものかと思い、あらかじめ、わたしは家にある不要品を確認した。
行く先、高齢者夫婦だけの暮らしに、広い家は必要ない。
漠然と、1/2の物を処分しようと思った。

子ども達が、部屋に物を残したまま独立していき、それらを減らせば、なんとかなるような気がして、目標を決めるのはたやすかった。
やがて、木更津に購入した家は、休耕田に囲まれた静かな所にあった。
ところがそれは、それまで住んでいた家より広くて、収納箇所が多数ある中古の2世帯住宅。
そうなると、1/2処分するという意気込みが、見事に砕け散った。
重くて使わない綿や羊毛の布団、2枚重ねの毛布、古い電化製品を処分した以外には、ほとんどそのまま、子ども達の物まで持って引っ越した。

むかしは、燃えるゴミを祖父母が風呂にくべていた。
わたしが社会人になり、自分のお金で洋服を買えるようになったころ。
ある日、破れたソックスと古くなったブラウスをゴミ箱に入れ風呂の焚き口に置いておくと、きちんと畳まれて戻ってきた。
破れに気づかなかったのだろうと、次の日も出しておくと、また戻ってきた。
破れたり、古くなったりしたのだからと言うと、しかられた。そして、やはり戻された。
「もったいない。ツギしたらまだ使えるちゃ。そういうがにして、人並みの生活ができるがだぜ」
こうして、何でもとっておく、わたしの土台が出来上がった。

近ごろ、「捨てない生きかた」という本の広告が、新聞に載った。
捨てなくていい
何年も着ていない服、古いクツやカバン、本、小物……。
愛着ある「ガラクタ」は人生の宝物である。
わたしは、著者の五木寛之氏に共感した。この言葉の一つ一つが、物を捨てられない自身を受け入れてくれ、あなたはそのままで良いよと肯定された気分だった。

例えば、京都や奈良旅行のパンフレット、寺院を巡った地図や拝観券等を、わたしは大切にしている。
それらを取り出すと、当時、家族と一緒に見た景色が次々と頭に浮かんできて心が弾み、いくらでも見ていられる。
思い出はいつまでも色褪せないし、それらを思い出していると、全く寂しくない。

とは言え、年々物が増え、こう捜し物が多くなると、大丈夫か自分、と思うこともある。
そろそろ「捨てる生きかた」にシフトしようという気持ちが、ないわけでもない。

山本ふみこさんからひとこと

「すっきりと身軽に生活したい」という願い(……方針かな)を持ったり、「捨てる」「捨てない」の葛藤に揺れたり。誰にでも覚えがあることだろうと思います。

「何でもとっておく」を読んで、いろいろ考えさせられました。ここに登場するおじいさま、おばあさまの「もったいない。ツギをしたらまだ使えるちゃ。そういうがにして、人並みの生活ができるがだぜ」という言葉に、あらためてはっとしました。

それからまた、作家が、旅行のパンフレット、地図や拝観券を大切にしているという話にも感心しました。思い出の品とか、記念品に興味のない自分を、分析したくなりました。

生まれて初めて「何でもとっておく」という暮らし方もいいなあ、と思えたのです。作品の力ですね。うーん、うなっております。

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

現在は第5期の講座を開催中(募集は終了しました)。次回第6期の参加者の募集は、2022年12月を予定しています。詳しくは雑誌「ハルメク」2023年1月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。


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ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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