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- エッセー作品「青空が見ていた」暉納津美さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。暉納津美(てるなつみ)さんの作品「青空が見ていた」と青木さんの講評です。
青空が見ていた
今朝も空は真っ青だ。青さに圧倒される。
あの日、あの時間も吸い込まれそうな青空だった。
何歳の夏だったか。我が家の2階に、父のアイデア満載の六畳間が増築された。
両親、私、妹の4人家族のうち、私と妹だけがそこを見ていない。秘密の小部屋だった。
いよいよ、その未開の地に足を踏み入れる日がやってきたのだ。
妹と一歩一歩、階段を上る。私は階段の壁に手をつき、妹は這っていた。
ドックン、ドックン、一段ごとに興奮が最高潮に向けて増した。
木の香りがつーっと鼻から頭を抜ける。
てっぺんでは、ブラインド付きの、童話に出るような茶色い扉が待っていた。
恐る恐る、銅色のノブを両手で握る。妹は私の背中にぴったりとくっついていた。
カチャッ、扉を開けた。
わーっ。
茶色い床板にベージュの壁、天井は真っ白だ。階段側にはアルプスの少女ハイジに出てくるような硝子の小窓がある。
大きな窓は階段側以外、三方にあった。
どの窓からも夏の青空が見えた。
すーっと風が吹き抜ける。白く真新しいカーテンがふわりと波打つ。夏の光をさんさんと浴びたそれは眩しく、影まで光っているようだった。
青空にぽっかりと浮かぶ白い雲と目が合う。
爽やかな空気に体が覆われた。
トントン、扉がノックされた。アイデアマンの父と、昼食を運ぶ母だ。
二人とも、飛び跳ねて喜ぶ私たちにとても嬉しそうだった気がする。
私と妹はお揃いの小さな椅子に座り、家族で食卓代わりの古いコタツを囲んだ。
メニューは塩味のインスタントラーメンだった。
赤くて小さなお碗によそわれた、みんなで食べるラーメン。そのなんとおいしかったことか。
何でも半分こにして仲良く育ってきた私たち姉妹は、この日も大人一杯分を半分こ、それをまた半分こにしてはしゃいだ。
おぼつかない箸使いの私と小さなフォークでちゅるちゅると麺をすする妹の傍らで、父は大工さんとのやりとりを話す。
声が弾んでいた。母は妹の口の周りに付いた麺をつまんだり、私がこぼした汁を拭いたりして笑っていた。
家族でピクニックにでかけたような、特別なワクワク感が満ち溢れていた。
嬉しくて楽しくて、大きなえくぼ、小さなえくぼ、みんな笑顔だった。
白い雲の上から、青空が私たち家族を眺めていた。
空も雲も眺める時の気持ちで見え方が変わる。あの時の空は笑っていた。
空には私たちがどんなふうに映っていただろう。
高度成長期の波に乗り、団地では新築ラッシュが始まろうとしていた。
周囲にはまだ数軒しかなく、穏やかな昼間、家族団らんの笑い声が響いていた。
扇風機がブーンと首を振る。
いつの間にか、妹は心地よさそうにスースーと寝息をたてている。
私はころんと寝転ぶ。
他には誰もいない。
青空と、風でゆっくりと動く白い雲だけが、窓から私たちをゆったりと見ていた。
空も私ものんびりしていた。
みんなが笑っていたあの時間。
小さな部屋に、家族の笑顔と穏やかな時間がきらきら光って詰まっていた。
幼くて、幸せがどんなものかわからなかったけれど、優しくふんわりとした気持ちでいっぱいだった。
大人になった今、青空の下、あの時間を振り返ってみる。
青木奈緖さんからひとこと
家族のエッセーでは珍しい、詩のような作品です。エッセーは包容力の大きなジャンルですから、詩のようなエッセーも、小説のようなエッセーも書くことができます。
「なんでもない日常の幸せな記憶」はいざ書こうとすると捉えどころなく、難しいテーマです。「幸せ自慢」になると読者は敏感に感じ取りますし、詩的創作は独りよがりに陥らないことが大切ですが、そうしたすべての点をクリアして、読者を幸せにしてくれます。
心に青空を分けてくださってありがとうという気分です。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2022年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。
募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第3期#4
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#5
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#6
- エッセー作品「麻雀」加藤菜穂子さん
- エッセー作品「青空が見ていた」暉納津美さん
- エッセー作品「母になるということ」とこはさん
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