通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第3期第6回

エッセー作品「麻雀」加藤菜穂子さん

公開日:2022.05.09

「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。加藤菜穂子さんの作品「麻雀」と青木さんの講評です。

「麻雀」
エッセー作品「麻雀」加藤菜穂子さん

麻雀

大きな食卓テーブルの横半分を囲んで、夫と次男と私が興じているのは3人麻雀である。
麻雀パイを並べる夫の指は、今まで見たことがないほど細くなっている。

67歳の夫は、61歳の時に人工股関節の手術を、63歳の時に心臓手術をした。
そして64歳でステージ4の大腸がんが見つかったが、手術はできないと診断された。
それにしては元気で、体調を見ながら仕事と町内会の役員を活動的に続けてきた。

外づらが良い反面、家で毒を吐く夫の悪しき性分が、最近は影を潜めてきた。
皮肉なことに、夫の健康と我が家の平安は反比例するようだ。

1年前、夫と二人だけの旅行に挑戦してみた。軽井沢で憧れの万平ホテルに宿泊し、初老の夫婦旅行は、悠々自適な時が流れて満ち足りていた。
夫の体調と流行ウイルスの感染状況をみながら、また出かけることにしようと話し合った。
その半年後、私の兄夫婦とともに4人で岐阜県高山市へ旅行した。
兄の運転する車の中で心地よい会話を楽しみながら、こんな風に夫と旅行できるのが新鮮だった。

そして先月、私が車を運転して愛知県内の蒲郡クラシックホテルに宿泊した。
美味しいコース料理を残さず食べて、ビールも1杯だけ飲んだ。
二人で微笑みながら乾杯する写真をホテルのスタッフが撮ってくれた。

翌朝、のんびり朝食をすませて部屋に戻る途中、バタンと音がするので振り返ると、私の後ろを歩いていた夫が廊下の絨毯の上に崩れていた。
慌てて走りよると、よろよろ立ち上がって歩き始めた。
このところの寒さとともに体調がすぐれないようだ。

夫を部屋に残して、私は部屋から一望する三河湾に浮かぶ竹島まで、一人で散歩に出かけた。
橋の上で冬の冷たい風が頬をさしたが、竹島の急な階段を上ると息があがった。
神社でお参りをしながら、漠然とした不安に襲われた。

その2週間後に、兄夫婦と4人で奈良旅行を計画していた。
秋に楽しく計画を立てていたころは、夫の容体が急変するとは想像もつかなかった。
ベッドで繰り返し嘔吐する夫は、奈良旅行が近くなってもキャンセルするのを嫌がったが、前日になってやっと諦めたようだ。

奈良旅行が9泊10日の入院になってしまった。
退院してもほとんど2階のベッドで過ごすようになった。正月に子供たちが集まり、親族で仏壇参りをするときもパジャマを着替えられなかった。
ベッドの上で食事することが増え、床ずれのせいか背中が痛いという。長いトンネルに入ってしまった。

休日で次男が居るとき、寝ている夫に「マージャンやる?」と聞くと、「やる。」と言う。
ゆっくり起き上がり、時間をかけて階段を下りてくる。
テーブルを囲んで麻雀パイを並べる顔は嬉しそうである。

時々襲ってくる腹痛に顔をゆがめながら、「リーチ!」という夫は、少しだけドヤ顔になる。

 

青木奈緖さんからひとこと

お心の内は日々、さまざまなことで思い乱れていらっしゃるでしょうに、そこをぐっと抑えて、よくこれだけお書きになれたと思います。

拝見しながら涙がこぼれました。

この作品をお書きになったことが今とこの先の著者にとって何らかの力となり、大勢の読者の方々にとっても慰め、共感となることを願っています。

 

ハルメクの通信制エッセー講座とは?

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。

次回の参加者の募集は、2022年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。

募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。

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ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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