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- エッセー作品「完敗」池永さとみさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「卵」です。池永さとみさんの作品「完敗」と山本さんの講評です。
完敗
和歌山県にある白浜温泉は日本三古泉の1つである。
その中で天智天皇も沐浴したと伝えられているのが太平洋を臨む露天風呂「崎の湯」である。
崎の湯のすぐ近くに有名なお店がある。
駐車場もなく「いで湯反対たまご」と書かれたのぼりが目印の小さなお店で、定休日は決まっておらず営業時間も1人でこの店を切り盛りしている名物おばあちゃんのその日の気分で決まるのだとか……。
飲み物も置いてあるが、売っているのは「いで湯反対たまご」のみ。
さて、「いで湯反対たまご」とは?
黄身は固まっているのに白身がぷにゅぷにゅで固まっていない温泉卵。初恋の味、キッスの味というふれこみだ。
3年ほど前白浜に行った時、運良く開いていたので立ち寄ることにした。
コレステロールを気にする夫は食べないと言うので1人で初めての反対たまごにわくわくしながらお店に入ると、おばあちゃんが腰をかがめて床を掃いていた。
「卵ください。」
「まだできてへん。」
「どのくらいかかりますか。」
「そんなん分かれへん。卵に聞いて。」
(えっ、そんなこと言われても……。)
私の心の声が聞こえたのか、おばあちゃんはやっと顔を上げた。
「いくつ欲しいんや。」
「ひとつ。」
「なんや、ひとつだけかいな。」
(えっえっ、そう言われてもそんなたくさん食べられへんし、どうしよう)
この心の声は届かず、しばし沈黙が広がる。
結局私は小さな声で「じゃあいいです」とつぶやき、そそくさとお店を出てしまった。
夫が待つ車へと急ぎながらなぜか悔しさがこみあげてきた。
ことの顛末を聞いた夫が、笑うのだ。
「お前が負けるとはな。店の卵全部買い占めてきたらよかったのに。」
そうか、私が悔しかったのは卵が食べられなかったことではなく、吉本新喜劇を見て育ったのに面白いことのひとつも言い返せなかったからなんだと気づいた。
完敗したのだ。
その後のコロナ禍のため、いまだリベンジができていない。
山本ふみこさんからひとこと
「面白いことを言う」を大事にしている文化、憧れます。文中の会話の運びも軽妙です。
ところで「いで湯反対たまご」の名前の由来。なかの黄身が固まっているけれど、外側がぷにゅぷにゅ……で「反対」なのでしょうね。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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