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- エッセー作品「立て看板」西山聖子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。西山聖子さんの作品「立て看板」と青木さんの講評です。
立て看板
50数年前、私が小学校3年生のある日、両親と共に母の友人宅へ招待された。
当時、仕事の忙しかった父とは、久しぶりの外出となった。
電車を乗換え約1時間、秋の夕暮れ時、初めて訪れたお宅は静かな住宅街にあった。
母の友人のおば様は、しばらくアメリカで暮らしていて、日系2世のアメリカの方と結婚。
ご家族で、数ヶ月前から日本に住むことになったそうだ。当然、おじ様も、私より年上の2人の男の子も、日本語はまだ少ししか理解できなかった。
おば様は、憧れのバービー人形が着ているような洋服で、とてもお洒落な方だった。
お部屋に入るとリビングには立派なソファとスタンドだけの薄暗い照明。
何もかもが初めて見る別世界だ。リビングから見えるキッチンには大きな冷蔵庫が置かれ、まるでアメリカのテレビドラマ「奥さまは魔女」のセットのようだと思った。
夕食まで、私は借りてきた猫のようにソファに座っていたが、緊張よりもすべての物に興味津々だった。
おば様手作りの夕食も、とてもおいしかった。
母は少しだけ英語を話すことができたが、おじ様と息子さん達の英語での会話を聞きながら、父と私はただニコニコしているしかなかった。
今思うと、大正生まれの無口な父には、とても苦手な場面だったに違いない。
夕食が済み、ご夫妻が駅まで歩いて送って下さることになった。
母はおば様と楽しそうにおしゃべりしながら前を歩き、私は父とおじ様の間を一緒に歩いていた。外はもうまっ暗になっていた。
しばらく歩くとおじ様が突然、何かを指差して
「カギは英語で何と言いますか?」と片言の日本語で質問された。
指し示された先には「出かける時はカギかけて」の標語の立て看板が外灯に照らされていた。
多分ひらがなとカタカナしか読めなかったおじ様は、赤い文字の「カギ」が気になったのだろう。しかし、隣の父を見上げると、すぐに英語に言い換えることができず、必死に思い出そうとしている。
咄嗟に私は「キイです」と答えた。
この英単語を何故知っていたかはわからない。おじ様は「サンキュー」と笑顔でうなずき、3人は又歩き始めた。
父も笑っていたが、私は父を差し置いて答えてしまったという申し訳なさと、父より早く答えられたという優越感が綯い交ぜ(ないまぜ)になり、複雑な気持ちだった。
当然、父はそんなことは何とも思っていないし、覚えてもいなかったと思うが、今でも「カギ」という文字を見るとあの日の事を思い出す。
学生時代から真面目で成績優秀だった父は、10年前、85才で他界した。
私はその父を越えることなく今に至り、父に勝ったと思えたのは、唯一、「キイ」と答えたあの日だけだった。
青木奈緖さんからひとこと
夫婦同伴、家族ぐるみのお付き合いというのは今でこそ珍しくありませんが、50年以上前のことです。久しぶりに友人に会えた母の喜び、英語まじりの会話にただにこにこするしかない父の当惑、すべてに興味津々だった小学3年生の西山様、このお三方の心の内がさまざまに読み解けます。
喜怒哀楽では単純に分類できないような、でも記憶に残って消えない思い出が書けると、しみじみと印象深い作品になる気がします。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
第3期の募集は終了しました。次回第4期の参加者の募集は、2022年1月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第2期#2
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#3
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第2期#4
- エッセー作品「それぞれの子育て」塚原明子さん
- エッセー作品「立て看板」西山聖子さん
- エッセー作品「他山の石」野田佳子さん
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