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- エッセー作品「元気でね」丹羽由実さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「笑いかける」です。丹羽由実さんの作品「元気でね」と山本さんの講評です。
元気でね
ロサンゼルスで働くことになり、赴任して直ぐに車を買った。
30年前のことだ。車種だの走行距離だの、それまで縁のなかった言葉と向き合って、安全性とコスパで選んだのは、中古のトヨタ・カムリ(註1)。
日本に帰国する商社マンの奥さんが、日系スーパー「ヤオハン」に「売ります」の掲示を出していて、それを見つけて電話で交渉した。
買ったはいいが、それまでバリバリのペーパードライバー。3日間の特訓を受け(註2)、友人に付き添ってもらい、ロサンゼルス郊外のトーランスに車を引き取りに行く。
カムリは、肌色のようなベージュ色で、思ったより大きい。ボディは直線的だが、シルエットには少し丸みがあり、ヘッドライトはアーモンドアイ。涼やかな印象だ。
奥さんが最後に近所をちょこっとドライブし、家族そろってカムリにお別れしていたのが、印象にのこる。
1人でハンドルを握り、友人の車の後を、そろりそろりとついていく。
ハイウエィに入ったところで車線変更ができず、友人の車を見失う。
路肩に止め、友人が戻ってくるのを待つ。
その頃、携帯電話はなかった。ハザードランプの音を聞きながら、運転席でじっと待った。
初めてアパートから職場へ行くときは、ひたすらゆっくり走った。
ハイウエィをのろのろ走っていたら、パトカーがやってきて、路肩に止めさせられた。
(逮捕?)
心臓がバクバクしたが、
「ハイウエィは、規定の速度以上で走るように」
と注意されて放免となった。
よく見たらリチャード・ギア似のイケメン警官だったが、それどころではなかった。
運転に慣れた頃、交差点で左折車に衝突された。
私のカムリも、相手の車もフロント部分はめちゃくちゃで、道路わきに移動させるのがやっとだった。
公衆電話から911番をダイヤルし、警察に助けを求めるが、
「交通事故に警官は出動しない。保険会社に連絡して、自分で処理しろ」
と言われ、日本との違いに愕然とした。
じきにレッカー車がやってきて、車は修理工場に運ばれた。
幸い目撃者がいて相手の過失が確定し、全て保険で修理されて前よりキレイになって帰ってきた。
その後、カムリによく乗った。週末はドライブ、2泊3日で遠出することも度々あった。
西部劇によく出てくる赤い岩山のモニュメントバレーやトパーズのように青いタホ湖、道路わき一面に咲くブルーボネットなどをカムリと一緒に見た。
帰国の際、カムリは同僚のお母さんが引き取ってくれた。
同僚とお母さん、同僚のボーイフレンドがカムリに乗って窓を開け、私に「またね」と言った。
肌色のようなベージュ色の車に笑いかける。
カムリが動き出すと、3人が大きく手を振った。
「元気でね」
私も大きく手を振って、走り去るカムリを見送った。
- 【註1】トヨタの4ドアセダン。当時、ホンダのアコードと並んでアメリカで人気の車だった。
- 【註2】アメリカでの運転に不慣れな駐在員やその家族、留学生のために、車に同乗して
運転方法、アメリカの交通規則などを指導してくれるサービス。
運転レベルにより コースが選べ、ペーパードライバーの私は3日間の特訓を受けた。
山本ふみこさんからひとこと
どきどきしますね。
「よく見たらリチャード・ギア似のイケメン警官だったが、それどころではなかった」
にも、どきどきしました。
この作品を読んで、あらためて、ヒトにも、モノにもやさしくしたい、と思わされています。
おしまい部分の、「またね」と、「元気でね」のところで、
きゅっと胸を締めつけられました。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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