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- エッセー作品「甲羅」板谷越りんさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「笑いかける」です。板谷越りんさんの作品「甲羅」と山本さんの講評です。
甲羅
「え?唐草模様の風呂敷?泥棒コント?」
高2の中間テスト直前の帰り道のこと。
小さなお婆さんが体を二つ折りにして、唐草模様の塊を背負いゆっくり近づいてくる。
塊は左右斜めにユッサユッサ動き、時にポンと跳ね上がる。塊は亀の甲羅のようだった。きっとお婆さんの体重よりも重たいに違いない。
歩行スピードを落とし、歩幅を短くし、数歩後ずさりし、どうしようと考えた。答えが出ないうちに、甲羅は私の前に来ていた。甲羅の下から不意にお婆さんの顔が見えた。
「え?ばあちゃん?死んだサダばあちゃん?」
そう思った瞬間、甲羅の下の顔が、しわくちゃに笑いかけてきた。いや、深呼吸したのだろうか?下顎を下げ大きく息をしている。
思わず心につぶやいた死んだサダばあちゃんとは、8年前に亡くなった父方の祖母である……。
私はお婆さんに声をかけた。
「よかったら、私、運びます」
「え?そうかあ?ありがと。助かるわ」
「どこまで行きますか?」
「高校の前のバス停まで」
私は甲羅をお婆さんからはがし、私の背中に貼り付けた。山岳部の私が背負ってもヨッチラオッチラ進むのがやっとだ。お婆さんは、甲羅をはずしても二つ折りのまま私の前を歩いている。
聞いてみたいことがあった。でも歩くだけでフウフウ言っているお婆さんに私は何も聞けなかった。
バス停に近づいた。気まずい事にそこには、あこがれの先輩が単語帳を片手に立っていた。私の甲羅のシルエットに驚いたのだろう。じっと私とお婆さんを交互に見ている。
私は気がつかないふりをして、バス停の前でお婆さんに、ここでよいかと確認した。
お婆さんは真っ赤な頬っぺたに潤んだ目をして礼を述べた。バスはすぐにやってきた。
先輩は私がバスに乗らないことに気がつくと、お婆さんに続いて乗車した。
バスは、扉を閉じた後もしばらく止まっていた。お婆さんが椅子に腰かけるのを待っているのだろう。お婆さんの近くになぜか先輩の顔が見えていた。
私はバスが発車するまでその場を動けなかった。本当は一緒に乗車しようと思ったのに、先輩がいたからとどまった。
なぜかって?
真っ赤なほっぺも、瞳を隠す睫毛も、お婆さんは父方の亡くなった祖母にそっくりだった。同時に、祖母似の私にも似ていたから。
祖母の妹じゃないかと聞いてみたかったのに。先輩がいたから聞けなかった。
数日後、先輩と偶然廊下ですれ違った。
「おい、この前の婆さんお前の婆さんか?」
「え?違います」
「でもそっくりだったよな。じゃなんで?」
「荷物重たそうで、かわいそうだったから」
「ふーん、お前いい奴だな」
そう言って先輩は、廊下を進んでいった。
数歩歩くと背中から先輩の声がした。
「俺もいい奴だぞ。婆さんの甲羅を駅まで運んだんだ」
山本ふみこさんからひとこと
ファンタジーとしても、小説としても成立する作品が生まれました。
「歩行スピードを落とし、歩幅を短くし、数歩後ずさりし、どうしようと考えた。答えが出ないうちに、甲羅は私の前に来ていた」
これがうまくおさまっています。
「どうしようと考えた」
だけでは、どのくらいのどんな動揺が生じたのか、伝わらないでしょう。
ところが「スピードを落とし」「歩幅を短くし」……とあります。極めつけが「数歩後ずさりし」です。
そうしてこの作品にはロマンスの香りもほのかに。素敵です。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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