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- エッセー作品「猫助け」いぬいみきさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「笑いかける」です。いぬいみきさんの作品「猫助け」と山本さんの講評です。
猫助け
なんで走ったんやろ。
小さい頃からずっと言われてたのに、まだ膝がしっかりしてないてわかってたのに。
今更言うても詮無いことやけど、何べんでも言いたなる。
なんで、なんで。
冷たい雨が降りしきる中、お寺の縁側の下で考える。
ぽろぽろと雨粒がからだを滑り落ちていく。ふうとついたはずのため息は、なぜかニャアと聞こえた。
そうだ。私はお寺で転んで猫になったのだ。
幼い頃から祖母や母に「お寺で走ったらあかんで。こけたら猫になるから」言われたその言葉を、ずっと守ってきたのに。
急ぐことなど何もなかった。雨粒を見上げながら、あれってホンマやったんやなと、妙に冴えた頭で考えていた。
彼岸の中日、いつものようにお花を供えにお寺へやってきた。
手術したばかりの膝は痛んだけれど、ゆっくり動けばなんということはなかったはずだ。
なのに、雨が降り出したから慌ててしまった。
飛び石につま先をひっかけて転んでしまったのだ。
ああ。雨が冷たい。灰色の空が、大きい。
ふと目を上げると、傘をさした男が立っていた。
ビニール傘にはじける音と合わせるように「俺は猫助けや」と男が言う。猫助けってなんだろう。
「あんた、人間に戻りたいねやろ。俺は、猫になっても、人間のままでもどっちでもかまへんのや。むしろ、今は猫がええかな」
今はこの男に頼るしかないと、猫の本能がいう。私はじっと男を見た。
「俺はあんたを元に戻せるで。猫助けやからな。俺はもう、人間でいることがつらいねん。
仕事はあらへん。腹も減る。猫やったら何食べても平気やけど、人のときはやっぱりちょっとなあ。」
男はそういうと私のしっぽをギュっとつかんで縁側の下から引っ張り出し、くるっと体をひっくり返した。
しっぽは四肢をそうされるよりずっと痛いのだと、この時初めて知った。
ニャア!痛い!
ふと気がつくと、私は何時間か前に転んだ姿勢のまま飛び石の上で雨に打たれていた。
軒下の黒猫が、姿勢を低くして、肩をいからせながらこちらを窺っている。
目が合う。猫は、まるでチシャ猫の様に真っ赤な口をその顔いっぱいに開けて笑う……。
山本ふみこさんからひとこと
しっとりとしているけれども、ユーモアもあって、魅力的な物語。
書き出しの「なんで走ったんやろ」。
ここがすでに、ぴかっとしています。
途中に立っている柱たちにも注目しましょう。
「そうだ。私はお寺で転んで猫になったのだ」
「ふと目を上げると、傘をさした男が立っていた」
的確で、物語を決めています。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回第4期の参加者の募集は、2021年12月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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