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- エッセー作品「悠々と逃げる」勝矢和代さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーを、5作品ご紹介します。募集した作品のテーマは「音」です。勝矢和代さんの作品「悠々と逃げる」と山本ふみこさんの講評です。
「悠々と逃げる」
黄昏はじめた桜葉かげの蝉しぐれ。
夕暮れの仕度に小さなフライパンを選ぶ。
壁に掛った柄の先に、小さなちいさな動くものを見つけた。
一センチにも満たない白い小さな蜘蛛。
逃がしてあげようと窓をあける。
と、ふうわりふわりと、蜘蛛はまるで風に
乗るように宙に浮かび、右に左に揺れて、私の手から逃れる。
老いの眼には糸が見えない。
この小さな蜘蛛が、やがて台所の片隅に糸を張り巡らずかもしれない。捕えないと厄介なことになる……と気付く。
パチンッと叩き潰すことは簡単だ。叩き潰したとしても、良心が痛むことはないが……
ふと、悪戯ごころがおきた。
眼前で揺れているリボンのハエトリ紙に蜘蛛をくっつけてみる。
「このネバネバ地獄から逃げないと、君はカンダタだよ」
なんの罪もない蜘蛛はカンダタにはなれない。
おふざけ心で悪戯をしている私のほうこそ
カンダタなのだけれども……。
しばし私は芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」
のお釈迦様にさせていただいた。
しばらくカンダタの動きを面白がってみて
いる。動かない……降参したのかな……が、
なんと小さな蜘蛛はハエトリ紙の上をたどたどしくも悠々と、尻をふりふり歩きだしたではないか……左足あげ右足あげて「エッチラオッチラ、ドッコイショと……」
「ガンバレ、カンダタ」
十分後、カンダタは見事に逃げおおせていた。
お釈迦様はお帰りになられた。
ホッ……とした。カナカナひぐらしが鳴きはじめた。
「やれやれ、秋刀魚でも焼くとするかな」
山本ふみこさんからのひとこと
うなりました。
作家のまなざしと、日常的な動作が置かれているだけなのに、読ませます。
とくに書き出し、結びがいいですね。それから題(タイトル)のつけ方も。
とくべつな出来事がなくても、見方とらえ方、感じ方を発動すれば佳い作品が生まれる——その証のような作品です。 ふ
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2020年12月10日(木)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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