通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第1回

エッセー作品「猫の音」高嶋美行さん

公開日:2020/10/05

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随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーを、5作品ご紹介します。募集した作品のテーマは「音」です。高嶋美行さんの作品「猫の音」と山本ふみこさんの講評です。

猫の足跡
エッセー作品「猫の音」高嶋美行さん

「猫の音」

 砂浜で生き埋めにされる夢を見た。
 ザザーッ。ザッザッ。頭から砂を浴びていた。汗びっしょりになって目が覚めると部屋中砂だらけ。犯人は猫。前科数犯。夜中になるとトイレの猫砂をせっせと掻き出すのが最近のお気に入りらしい。ザザーッという音を耳からキャッチした脳が、砂浜で生き埋めという夢を作り出したのだ。起きぬけから部屋の掃除。それを背後からジッと見つめる猫。いつもの光景である。

 二年前、私は鬱になった。
 一日中布団の中から出ることができず、喜怒哀楽のすべての感情が消えた。脳みそが寒天で固められたみたいで何も考えられない。仕事はもちろん簡単な家事さえ満足にできなくなった。生活音が消え、家の中は静まりかえった。家中の空気がどんよりして、日々重みを増していくけれど、どうしようもなかった。どうにかしようという気すらない。
 そんな時、のっぴきならない事情で保護猫を預かることになった。真黒で足の部分だけ靴下を履いたように白い。恐怖からか人を見るとコブラのように威嚇した。撫でることはおろか近づくことさえできない。当面、一階が猫、二階が人間、別居生活を始めることとした。

 日中、まんじりともしないまま布団にくるまっていると一階から物音がする。
 ト、ト、トタタタ。ドダン。ドドドドッ。
 猫が何やら動き回っている。この家に自分以外の生き物の存在を感じると何故だかホッと
する。なんだか家の空気が違う。猫が一匹いるだけなのに。
 そっと階段を降りて様子を見に行く。すでに猫は待ち構えていて、シャーッ‼
 必死な形相に思わず吹き出した。
 あれ? 笑ったのいつぶりだっけ?
 とりあえず、ゴメンゴメンと言いながら二階へ戻る。けれども物音がする度に気になってしょうがない。
 階段を下りて、目が合って、シャーッ‼ を数回くり返した後、猫の方から二階にやってきた。トタ、トタ、トトタ。そろそろと警戒しながら探険。私と目が合うや否や、シャッ! と小さく叫んで一目散で階段を駆け降りていく。ダダダダダ―ッともの凄い勢いで走り去るその姿のおかしいこと! 可愛いこと!

 初めての猫との生活は驚きの連続。カーテンをよじ登る。棚の物をチョイチョイといじって片っ端から下に落とす。気持ち良さげに畳で爪を研ぐ。階段の下で何を食べているかと思えば蝉。
 ガシガシ。コロコロ。ガシャガシャーン。
 バリバリ。ンナ~ォ。
 猫の音が家中にあふれた。時に楽しく時にヒヤリとする。家の中の空気も随分軽くなった? 家の傷はどんどん増えるけれど、まあしょうがない。よしとするか。


おわり

山本ふみこさんからのひとこと

全体を明るい気配が包みこんでいます。

たのしいはなしを書けば明るくなり、悲しいはなしを書けば暗くなる……なんてことがないのは不思議です。

実際、この作品には、作家の辛かったときのことが綴られています。この明るさは、ご自身に降りかかったことを観察し、静かに向き合おうとする前向きな心持ちから醸しだされるのだと思います。

子猫に対しても、かわいい! なんてことは書いてない。書いてないけれど、読み手にはかわいさが伝わります。 ふ
 

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

次回の参加者の募集は、2020年12月10日(木)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。

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