岸田ひろ実の車いすジャーニー

第10回タクシーに乗る私を助けてくれた小籔千豊さん

公開日:2019.03.10

車いすユーザーとして、ユニバーサルマナーを全国各地で伝える岸田ひろ実さんの車いすと旅する姿をお伝えします。今回は、大阪のバリアフリー事情について。岸田さんが品川駅のタクシー乗り場で声を掛けられた、大阪の‟あの人”とは?

岸田ひろ実さんが出会った芸人
大阪の笑いの聖地、なんばグランド花月にて記念撮影

東京の品川駅で助けてくれた、お笑い芸人・小籔千豊さん

出張で東京へ行った時のことです。品川駅で新幹線を降りて、タクシー乗り場へ向かいました。

その日は工事の影響で、いつも通るルートが使えず、駅から大回りすることになり、タクシー乗り場に到着した頃にはヘトヘトでした。私は一人で、車いすからタクシーへ移乗することができますが、介助者がいるときに比べるとやっぱり大変です。

車いすはトランクに入ります。トランクを閉めるためには、車いすのハンドグリップをトランク右奥のくぼみに収めるのがコツです。
車いすはトランクに入ります。
トランクを閉めるためには、車いすのハンドグリップをトランク右奥のくぼみに収めるのがコツです。

 

手順はこんな感じです。

車いすをタクシーに横付けし、車いすが動かないようにブレーキをかけます。身を乗り出して、車内の天井部分についている手すりを掴み、身体を引っ張り上げながら移乗します。

たまに身体が車いすに引っかかって転びそうになったり、車道と歩道の間に段差があって車いすで近づけなかったりすることもあります。この日もいつも通り一人でタクシーへ乗り込もうとしたところ、少し遠くからわざわざ駆け寄ってくれた人がいました。

「何かお手伝いしましょか?……ゆーても僕、何したらええかわからんので、教えてください」

大阪弁のホッとするイントネーションに顔を上げると、なんとお笑い芸人の小籔千豊さんでした。

私は驚いて「ありがとうございます! いつも一人で乗っているので、大丈夫そうです!」と答えると、小籔さんは「なんかあったら何でも言うてください」と言って、私が無事に乗り込むまでニコニコと笑って見守ってくれました。

「お手伝いお願いします!」と言いたくなる魔力

私はタクシーに揺られながら、その感動を噛み締めていました。

これまで私が一人で何かしようとする時、周りの人から声を掛けてもらう機会は多くありました。無視されたり、遠巻きに見られたりすることに比べれば、とてもありがたいことです。

ところが「大丈夫ですか?」と声を掛けられると、私は反射的に「大丈夫です!」と答えてしまうことがあります。

これは、障害のある人に限らず、みなさんに経験があることではないでしょうか。

でも、小籔さんは「何かお手伝いできることはありますか?」と聞いてくれました。「ゆーても僕、何したらええかわからんので」というユーモア溢れるオチも、です。声を掛けられたら「断ったら傷つけてしまうかな」「助けてほしいけどどうやって伝えようかな」「迷惑じゃないかな」などの思い込みが頭を駆け巡って、少し顔がこわばってしまうことがあるのですが、この時の私は思わず笑ってしまっていました。

もし少しでも段差がある歩道だったら「ありがとうございます!それじゃあ、ちょっと車いすを押さえていてください」と、小籔さんにお願いしたでしょう。

声を掛ける方にも、掛けられる方にも走る一瞬の緊張を解いてくれたのが、小籔さんのお声掛けでした。大阪が育んだ、お笑いという魔力のすごさに、私は感動したのです。こんなお声掛けに救われるのは、きっと障害のある人だけではないと思います。

例えば、バスの中で、赤ちゃんを抱いたお母さんを見たとき。泣き出してしまった赤ちゃんをあやしながら、泣き声だけが響く車内で、お母さんはいづらそうに周りに頭を下げていました。

私にも、娘と息子を育てていた頃、何度もそんな経験をしました。そんなとき「何かできることありますか?」と気軽に言ってもらえたら、どれだけ救われた気持ちになったでしょうか。

たとえ声掛けがなかったとしても、小籔さんみたいに、笑いかけてくれて「気にしないけど、何かあったら言ってね」という無言の雰囲気を感じられるだけでも、居心地が全然違います。

障害のある人自身の、対応マナーも考えたい

大阪のシンボル、大阪城天守閣をバックにハイポーズ
大阪のシンボル、大阪城天守閣をバックにハイポーズ

 

大阪ならではのお声掛けに感動した、というお話をしましたが、実は私も大阪で生まれ育ちました。

これまで、親切な声を掛けられてきた私自身の態度はどうだっただろう、と考えてみました。勇気を出して、声を掛けてくれた相手に対して、感謝や敬意の気持ちを表現することが大切だと、私は思いました。

例えば、長い入院を伴うリハビリを終えて、私が街へ出たとき。私は、お店のドアすら自分で開けられない現実に打ちのめされていました。道行く人が「ドアを開けましょうか?」と駆け寄ってくれるのですが、「大丈夫です」と断ってしまうこともありました。

今でこそ、そんなことは全くありませんが、当時は悔しいという気持ちが少し滲み出てしまっていたかもしれません。もし自分が、目の前の困っている人に勇気を出して一歩を踏み出したとき、手助けを断られたとしても、その言い方がつっけんどんだったら、ショックを受けると思います。

かえって迷惑になってはいけないから声を掛けないでおこう、とも思うかもしれません。声を掛ける側にもユニバーサルマナーがあれば、声を掛けられる側にもユニバーサルマナーがあります。

まずは声を掛けてくれたことへの感謝を伝える、サポート方法をわかりやすく伝える、など、簡単なことです。もちろんお互いに押し付けは良くないので、「ありがたいな」と思ったら、その気持ちは正直に相手に伝えるべきです。

「声を掛けてよかった、また困っている人がいたら勇気を出してみよう」と、そんな風に思ってもらえる人が増えてほしいから、私も小籔さんを見習って、少し笑いとユーモアを大切にしてみようと決意しました。

大阪からしか、発信できないユニバーサルマナーがある

世界の住みやすい街ランキングの第3位が、大阪であることをご存知でしょうか。ウィーン、メルボルン、に続いてのランクインです。

治安の良さや交通インフラの充実などが高評価で、「大阪のおばちゃんというキャラクターに代表されるように、大阪の人たちは温かい」という声もあったそうです。大阪ならではの笑いやユーモア、人と人との距離の近さは、きっと障害のある人、子育てママ、妊婦、外国人、小さな子どもなど、多様な人にとって安心できる材料になるのでは、と私は考えています。

ハートの面だけではありません。日本で初めて、地下鉄にエレベーターが設置されたのも、大阪です。今では全駅で、地上からホームまでエレベーターでの移動ができるバリアフリールートが整備されました。また大阪の地下鉄のホームと車両の間にできる段差・すき間を解消するといった取り組みが、2018年1月に国土交通省から表彰されました。バリアフリー化は、世界的にも最高水準を保っています。

ホームから車両に向かって緩やかに傾斜をつけ​​​ることで、段差と隙間を解消しています。
(写真提供=Osaka Metro)
(左)介助が必要だったこれまでのホーム(右)一人でも乗り降りが可能になりました。
(写真提供=Osaka Metro)

 

車いすユーザー、ベビーカーユーザー、キャリーケースを持つ人など、多くの人が嬉しい設備が整っています。

2025年には大阪万博が決まりました。世界中から多くの人々が、大阪を訪れます。

ハードもハートも、大阪発の居心地の良いユニバーサルデザインが溢れている!

そんな未来を目指して、今回の品川駅での奇跡的な出会いとともにユニバーサルマナーを、私はお伝えし続けていこうと思います。

 

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岸田ひろ実車いすジャーニー~ゆっくり歩けば遠くまで行ける~

岸田 ひろ実

きしだ・ひろみ 1968(昭和43)年大阪市生まれ。日本ユニバーサルマナー協会理事。株式会社ミライロで講師を務める。27歳、知的障害のある長男の出産、37歳夫の突然死、40歳、病気の後遺症で車いすの生活に。自身の経験から、人生の困難や障害との向き合い方を伝える。

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