車いすジャーニー~ゆっくり歩けば遠くまで行ける~

第5回 車いすだと不便な新幹線が大好きな2つの理由

岸田 ひろ実
2018/10/10 34

車いすユーザーとして自身の視点や経験を生かし、全国各地で”ユニバーサルマナー”を伝えている岸田ひろ実さん。 今回は出張でよく乗る新幹線についてです。車いすの方が乗れる席は、たった2席。それでも岸田さんは、新幹線が大好きなのだそう。

岸田ひろ実さん連載
駅員さんのサポートで安心して乗り降りができます。
【目次】
  1. 11号車の、12番Bと13番B
  2. 何よりも私は、新幹線が大好きなのです
  3. 一つ目の理由は、駅員さんの存在
  4. 二つ目の理由は、ちょっと恥ずかしいですが、駅弁
  5. 慣れることの大切さ

11号車の、12番Bと13番B

めったに出会えないドクターイエローに会えた記念の写真。

 

なんのことだか伝わらないかもしれませんが、私にとっては親しみのある言葉です。

もう何度、口にしたでしょうか。

それは、N700系新幹線で、車いすに対応している座席番号です。通常なら3席並んでいるところ、端の1席が取り外すことができて、その空いたスペースに車いすを置けるようになっています。

1300席近くある車両の中で、車いす対応座席は、たった2席しかありません。私のような車いす利用者だけではなく、ベビーカー利用者や、大きな荷物を持っている人にとっても便利な席なので、予約は争奪戦です。しかも、私が頻繁に利用している路線では、2日前までに電話で予約をしなければいけません。

窓口で尋ねて空きがあれば、車両のデッキにある「多目的室」という部屋を使わせてもらうこともできます。しかし、もともとは気分の悪い人や授乳をする人が一時的に使えるように作られた、狭い密室の部屋なので、一人で長旅をしていると寂しくなることに気づきました。

そんなわけで私は、多少不便でも、新幹線は11号車の12Bと13Bに座るようにしています。

何よりも私は、新幹線が大好きなのです

多目的室では窓際に座り、富士山を見ることが楽しみです。

 

車いすに乗るようになって初めて、仕事で新幹線を利用したのは、2013年のことでした。

新神戸から東京まで行くことになりましたが、座席の予約方法どころか、そもそも車いすのまま車両に乗っていいのかすら、わかりませんでした。当時は出張のたびに、娘についてきてもらい、座席へは娘が抱っこで乗り移らせてくれました。何度も利用する内に、手すりを跳ね上げたり、車いすを絶妙な角度で座席に近づけたりすれば移乗しやすいことが少しずつわかってきました。

今では一人で、新幹線に乗ってどこでも出張しています。多い時は週に2、3度です。

私が慣れた様子で座席に移ると、たくさんの視線を感じます。それだけ、一人で新幹線を利用する車いす利用者は少ないということかもしれません。最初はなんとなく気まずい思いをしていたのですが、最近では新幹線に乗るのが楽しくて仕方ありません。

 

一つ目の理由は、駅員さんの存在

新幹線のお供、スターバックスのコーヒー

改札からホームへの案内や、車両への乗降は、駅員さんが手伝ってくれます。

あまりにも乗る回数が多いので「先日もご一緒させていただきましたね」と、駅員さんに笑顔で言っていただけた時は、嬉しかったです。関西での仕事が多かった時期に、二週間ほど新幹線に乗らなかった時は、心配されたほどでした。

きっとお世辞だと思いますが「誰が岸田さんを迎えに行くか、我先にと、取り合いになるんですよ」と言ってくださってからは、新幹線を乗り降りするまでの短い時間を、楽しくおしゃべりさせてもらっています。待たずにすぐに乗れるタクシー乗り場の場所など、耳寄り情報も教えてもらえます。

東京駅の駅員さんは、今や私が駅で時間を潰すパターン(グランスタでお弁当を買って、スターバックスでコーヒーを飲む)も知ってくださっていて、どこにいても私を見つけて声をかけてくれるようになりました。

二つ目の理由は、ちょっと恥ずかしいですが、駅弁

岡山駅で購入した駅弁「桃太郎の祭ずし」

 

ありがたいことに日本全国、いろいろなところへ呼んでいただけるので、その帰りに駅弁を買って食べるのが至福です。特に地元の名店が出している駅弁が楽しみなんです。

車いすで入ることができる飲食店はあまり多くなく、大阪の繁華街で私が食事できる飲食店はたった3割ほど。カウンター席や座敷しかないお店や、段差や階段があるお店に私は入ることができませんが、お弁当ならどこでも食べることができます。

お弁当の感想は、もちろん駅員さんにも伝えます。

慣れることの大切さ

交通機関を初めて利用する時は、やはり不安です。

それでも、私が勇気を出して利用してみることで、少しずつ乗務員さんや周りのお客さんも「これくらいのサポートで良いのか」と安心して、慣れてくださるのではないかと思っています。

私の進む道が、不安を感じている誰かの道を切り開くための助けに、ほんの少しでもなれたらいいなと願い、今日も私はドキドキしながら移動しています。

岸田 ひろ実

きしだ・ひろみ 1968(昭和43)年大阪市生まれ。日本ユニバーサルマナー協会理事。株式会社ミライロで講師を務める。27歳、知的障害のある長男の出産、37歳夫の突然死、40歳、病気の後遺症で車いすの生活に。自身の経験から、人生の困難や障害との向き合い方を伝える。

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