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- ホテルのユニバーサルルームの使いやすさは8割でいい
車いすユーザーとして、ユニバーサルマナーを全国各地で伝える岸田ひろ実さんの車いすと旅する姿をお伝えします。今回は、障害があってもなくても誰もが使いやすい宿泊施設のあり方を考えます。本当に必要な配慮とは、何だと思いますか?
泊まり出張で探すのは、ユニバーサルルーム
これまでさまざまな場所へ、観光や仕事の出張で訪れてきました。すてきな行き先や、安心できる移動手段を見つけて、いざ旅へ行こうと思っても、実は宿泊するホテルで困ってしまうことがあります。
車いすで宿泊できる設備が整ったホテルの客室のことを、「ユニバーサルルーム」や「バリアフリールーム」、「アクセシブルルーム」と言います。日本では、2019年9月試行の改正バリアフリー法において、出入り口の幅が80センチ以上ある客室を、50室以上のホテルには全体の1%以上設けることが義務付けられます。
地域ごとにこのような条例を制定することが増えているため、全国でユニバーサルルームの数は増えつつあります。それでも必要としている人数に対して、十分な客室数が確保されていないと考えています。
私が出張で最も多く訪れる東京では、2020年のオリンピック・パラリンピック期間中はユニバーサルルームが1日当たり850室必要になるそうです。ですが、基準を満たすバリアフリーの客室は都内に550室程度しかありません。(参考:日経新聞2018年10月19日「東京都、ホテルの全客室にバリアフリー義務付けへ」)
それには、ユニバーサルルームが普及しづらい背景があります。ユニバーサルルームは、車いすのために、通路の幅や転回するスペースを広く取るため、通常の客室に比べて1.4倍の面積が必要となります。ホテルにとっては、ユニバーサルルームを多く設置すれば、全体の部屋数が少なくなってしまい、売り上げが減るわけです。
しかも多くのホテルで、ユニバーサルルームは障害のある人やご高齢の人のみを対象とした設備になっているので、その人達が泊まらないときに、健常者のお客さんを割り当てるということが難しい場合があります。
その理由は、“過剰な設備”です。例えば、やたらと広すぎてがらんとしたスペース、壁に張り巡らされた手すり、物々しい金属製の後付スロープやベッドの柵など。これらの設備は、ホテルと言うよりは、病院のようなイメージが湧いてしまいます。
私は、せっかく旅行で訪れているのに、わざわざ病院のような部屋に泊まろうとは思いません。私の場合は、手すりは必要がなく、5cm以下の段差1段くらいであれば一人で乗り越えることができるからです。そのため少し不便でも、過剰なユニバーサルルームではなく、広めのデラックスルームなどを予約することがあります。障害のある人ですら泊まることに抵抗が生まれるので、そうでない人は余計に泊まりづらいと思います。
過剰なユニバーサルルームが生まれてしまう背景には、「障害のある人やご高齢の人は、こんな設備が必要だろう」というなんとなくの思い込みだけで、設備を作ってしまうという問題があります。
誰もが8割使いやすいユニバーサルルーム
ユニバーサルルームについて、私が感動した事例があります。
東京・新宿にある京王プラザホテルさんです。
京王プラザホテルさんでは、1988年のリハビリテーション世界会議の会場に選ばれたことがきっかけで、ユニバーサルルームの設置や改善が日本で最も早く進みました。
障害のある当事者の声に沿って、ただ広いだけではなく、使いやすさを取り入れた客室づくりをされています。例えば、先ほど挙げた、手すりやスロープなどは、全て取り外し可能となっています。お客さんの希望を聞いて、必要な場合は手すりやスロープを取り付けています。外してしまえば、見た目は通常の客室と変わらないため、障害のある人やご高齢の人が抵抗なく宿泊することができます。また車いすユーザーだけではなく、視覚障害のある人や聴覚障害のある人にも泊まりやすい客室となっています。
また視覚障害のある人が宿泊したときは、ホテル内の設備や注意事項を記したパンフレットの点字版や、音声読み上げ版を貸出しています。聴覚障害のある人が宿泊したときは、インターフォンが鳴ったりアラームが鳴ったりすると、振動するクッションを貸し出しています。全てのユニバーサルルームにこれらの備品を備え付けてしまうと、莫大なコストがかかりますが、貸し出しにして「必要な人が、必要な設備を自分で選ぶ」仕組みを取ることによって、ホテルもお客さんも気軽に使用できるのがよいところです。
誰もが100%使いやすい客室を目指すのは、現実的ではありません。過剰な設備になってしまい、結果として、使える人が限られる客室になってしまうからです。誰もが80%くらい使いやすい、つまり少し不便なくらいの客室が丁度よいのです。
京王プラザホテルさんでは、こうした客室を増やすことにより、年間の稼働率が向上し、売り上げにも繋がったそうです。2020年に向けて、2018年12月には、いわゆるスイートルームと呼ばれる「ラグジュアリータイプ」の客室にも、ユニバーサルルームが用意されました。
ビジネスホテルで出会った、思いやりと工夫
もう一つ、感動した事例があります。私が、東京への出張で定宿にしている、スーパーホテル新馬場さんでの出来事です。
1室だけあるユニバーサルルームを予約し、初めて宿泊したときは、シャワーヘッドやシャンプーなどが高い位置に設置されたままで、車いすに乗ったまま一人で使用することができませんでした。
服をかけようとしても、ハンガーも高い位置にあり、届きませんでした。ホテルではよくあることなので、そのときはフロントに電話をかけ、取れる位置に移動してもらいました。
数週間後、もう一度同じ客室を予約すると、なんとシャワーヘッドやシャンプーなどが初めから低い位置に置かれていたのでした。ハンガーは、専用のバリアフリー設備ではありませんが、二本のハンガーを連結することで、手が届く高さになっていました。
ホテルのみなさんが、私の名前と身体の状況を覚えてくださったこと、限られた設備の中でも工夫を凝らしてくださったことに、感動しました。今では、スーパーホテル新馬場さんに訪れるたびに、少しずつ使いやすい客室にしてくださっています。不安だった泊まり出張が、明るいものになりました。
マニュアルも大切だけど、それ以上に大切なのはハート
客室をバリアフリー化することや、対応マニュアルを制作して従業員が一律の対応をできるようになることも、もちろん大切です。しかし、それには大きなコストがかかりますし負担が大きいのも事実です。
だからといって「改修するお金や面積が無いから無理」「マニュアルに無い対応は難しい」と諦めるのではなく、大切なのは、どうすれば安心して利用しやすくなるのか、を考えることです。
同じ障害でも、人によって求めている設備やサービスは違います。だからこそ、時にはお客さんに聞いて、一緒に考えたってよいと思っています。
私の場合は、ホテルの従業員さんが「どうすればもっと使いやすくなりますか?」「この高さを変えてみたのですが、どうでしたか?」と聞いてくださるので、自分の希望を伝えることができました。
ホテルの客室においても、ホッとするのは、思いやりと歩み寄りという、ハートの部分です。
沖縄県石垣島に一番近い離島の竹富島を訪れた時も、すてきなハートのユニバーサルデザインに出会いました。沖縄はバリアフリーの情報発信が豊富な観光地ですが、本島に比べると、離島の情報はどうしても少なくなってしまいます。定期船が車いすで乗車できること、島内を車いすで移動できることは事前にわかっていましたが、どうしても乗りたかった「牛車」に車いすのまま乗れるかどうかは、わかりませんでした。
心配した娘が、牛車の会社に電話で問い合わせすると「大丈夫ですよ、なんとかしますから」と返答をもらったそうです。なんとかなる、のイメージは沸かないものの、勇気を出して行ってみることにしました。
いよいよ牛車に乗るタイミングになると、牛車を操作するお兄さんたちが手際よく、手作りのスロープを用意してくれたのでした。廃材などで作ったと思える、木製のスロープです。ガタガタしていて、急な斜面で、お世辞にも完璧なバリアフリーとは言えませんでしたが、屈強なお兄さんたちのおかげであっと言う間にスロープを駆け上がって牛車に乗ることができました。
どうすれば牛車からの景色を車いすユーザーにも楽しんでもらえるかを、みなさんが考えてくださった結果なのでしょう。
こうして、小さな会社の従業員や、地域の住民のみなさんが、さりげない工夫を凝らしてくださる事例はたくさんあります。しかし、そうした情報はなかなか公開されていないのが現状です。特に、地方や海外などになると、その数は格段に少なくなります。
ハードやハートのユニバーサルデザインを用意してくださったみなさんの「本当に使ってもらえるだろうか」という不安、障害のある人やご高齢の人の「本当に行くことができるだろうか」という不安を少しでも解消するために、私は旅を続け、伝えていきたいと考えています。
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