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- 50代女性のコレステロール基準値超えが問題ない理由
女性のLDLコレステロールが高くなる原因の一つは更年期。悪玉と呼ばれるLDLが増え過ぎると、動脈硬化を引き起こし心筋梗塞などの原因になることも。閉経後の女性の正しいコレステロールの基準と動脈硬化の診断方法「血管の状態」について解説します。
LDLコレステロールの基準値が、女性に当てはまらない理由
健康診断で「コレステロールが高い」と指摘されたことはありませんか? コレステロールが注目されるのは、動脈硬化の大きな要因・原因と考えられてきたからです。
動脈硬化とは、血管壁にコレステロールなどがたまってコブを作り、血流が悪くなった状態です。ほぼ自覚症状がなく進行し、心筋梗塞や狭心症などの引き金となることが知られています。
「動脈硬化を心配して、多くの人がコレステロールの数値を気にされますが、“コレステロールの常識”には落とし穴があります」。こう警鐘を鳴らすのは、佐賀県にあるニコークリニック院長で循環器内科医の田中裕幸さんです。
日本動脈硬化学会の基準値では、「悪玉」と呼ばれるLDLコレステロールが140mg/dL以上の場合などに、脂質異常症(旧名は高脂血症)と診断されます。この基準値を超えると、「このままでは動脈硬化の恐れがある」と言われ、薬を飲むことになる人も少なくありません。しかし、田中さんは「この基準値は女性には適用できません」と指摘します。
下の図は、日本人約1万人を19年間追跡した疫学調査の結果です。コレステロールと冠動脈疾患死(心筋梗塞などによる死)との関係を調べたところ、男性では総コレステロールの上昇が死亡率の増加と明らかに関係するのに対し、女性ではその関係が見られませんでした。
また別の調査では、女性はLDLコレステロール140mg/dL前後が「心筋梗塞を起こしにくい」という結果も出ています(グラフ1)。
女性が、LDLコレステロールだけ高くなる原因とは
こうしたデータから、女性の動脈硬化のリスクを男性と同じ基準で測ることは、あまり意味がないといえるでしょう。「そもそも日本動脈硬化学会の基準値は、男性の疫学調査を基に決められたもので、女性については根拠が示されていません」と田中さん。女性特有の更年期による影響も考慮されていないといいます。
「女性のLDLコレステロールが高くなる原因の一つは更年期。40代以降、更年期前後に女性ホルモンのエストロゲンが低下し、LDLコレステロールが上がる人が増えるのです(グラフ2)。しかし多くの場合、LDL値が高いだけで、動脈硬化はそれほど進みません。不要な薬物療法を広めないためにも、年齢別の基準が必要です」
動脈硬化の予防で重視すべきは、コレステロールより「血管の状態」
ここまで、コレステロールの体への影響には男女差があり、女性の場合、現行基準値「LDLコレステロール140mg/dL」で線を引くのは適切でないことを解説しました。では、動脈硬化の進み具合を知り、治療した方がよいかを判断するには、どうしたらよいのでしょうか?
田中さんは「重要なのは、コレステロールの数値ではなく、実際に動脈硬化が進んでいるか、血管を調べることです」と話します。その方法が、首の血管を調べる頸動脈(けいどうみゃく)エコー検査です。
「動脈硬化が頸動脈で見られると、冠動脈でも起こっている可能性が高いことが、これまで多くの研究結果で報告されています。頸動脈エコー検査は、保険が適用される安価な検査で、最近では多くの施設で行われるようになっています。動脈硬化の進み具合を調べるには、現時点で最も費用対効果のよい方法と考えられます」と田中さん。
首の左右にある頸動脈は、心臓から送り出された血液を脳に運ぶ血管です。頸動脈エコー検査は、安全で痛みも手間もなし。内科や循環器科などの他、検診や人間ドックでも受けられます。検査費は1500~2000円程度(3割負担の場合)。田中さんが検査を行う場合、測定時間は順調なら3分程度です。
閉経後の女性のLDLコレステロール基準値は、180mg/dL以上でよい
頸動脈エコー検査では、血管壁の厚さやプラーク(コレステロールなどでできたコブ)の有無などがわかります。田中さんは、毎年400例近い頸動脈エコー検査を10年以上行ってきた経験から、「女性ではコレステロールが高くても、動脈硬化が進んでいない人が多い」「家族性高コレステロール血症(※)の人を除き、コレステロールだけ高い女性の動脈硬化は55歳以上にならないと進まない」といった医学的発見をしました。
※家族性高コレステロール血症とは
家族性高コレステロール血症は、生活習慣や加齢とは関係なく、遺伝子変異により起こります。最も多いのが、LDL受容体の遺伝子変異。血中のLDLコレステロールが過剰となり、血管壁に侵入することで動脈硬化が起こるため、積極的な薬物療法が必要です。3つの診断基準、(1)LDLコレステロールが180mg/dL以上、(2)二親等以内の家族が家族性高コレステロール血症、または若年で心筋梗塞や狭心症を発症、(3)黄色腫(皮膚の下にできるコレステロールの塊)がある、のうち2つ以上当てはまると診断されます。
コレステロールが高くても動脈硬化が進みにくいチェックポイント
下記の4つのポイントすべてに当てはまれば、コレステロールが高くても動脈硬化は進みにくいと考えられます。
1 閉経後からコレステロール値が高くなった
40代以降、閉経後は、一般的にコレステロールが上昇しますが、それだけで動脈硬化を心配する必要はありません。一方、閉経のかなり前からコレステロールが高い人は、遺伝的に脂肪の代謝の仕組みに問題がある「家族性高コレステロール血症」の疑いがあるため、専門医の検査を受けてください。
2 収縮期血圧(上)/拡張期血圧(下)が130/85mmHg未満
血管に高い圧力がかかる高血圧では、血管の内皮細胞が傷つきやすく、血管壁の中に脂肪がたまってコブを作りやすくするため、動脈硬化が速く進みます。田中さんの臨床データでも、高血圧の人は頸動脈が厚くなる傾向があることが認められています。
3 空腹時血糖値が110mg/dL未満
血糖値が高い人は脂肪の代謝が妨げられ、動脈硬化が速いスピードで進みます。日本人約1万人を19年間追跡した疫学調査でも、糖尿病の有無は冠動脈疾患死の増加に大きな影響を与えることがわかっています。
4 喫煙の習慣がない
喫煙の習慣は、活性酸素を発生させて血管を傷つけるだけでなく、エストロゲンを分解し、動脈硬化を進行させることや血管内のプラークを破綻させる原因になることもわかっています。若い頃からの喫煙習慣は、体にとって大きなダメージとなるのです。
正しい動脈硬化の診断と治療の流れは、55歳を境に異なる
さまざまなデータを基に確立されたのが、下記の「動脈硬化の診断と治療の流れ」です。
55歳以上の女性の診断と治療の流れ
まず55歳以上の女性では、頸動脈エコー検査で血管壁の厚さやプラークの状態に問題がなければ、次の検査は1~3年後でよいとしています。薬物療法が検討されるのは、年齢予測以上の血管壁の厚みや1.5mm以上のプラークがある場合、その他LDLコレステロールが180mg/dL以上の場合です。プラークが1.5mm未満であれば、LDL値が少々高くても「薬が必要」とはなりません。
55歳未満の女性の診断と治療の流れ
一方、55歳未満の女性は、「家族性高コレステロール血症」を確実に診断することが重要です。その上で頸動脈に問題がなければ、次の検査は2~5年後でよいとしています。
実際に、50代前半で総コレステロール260mg/dL、LDLコレステロール168mg/dLだった女性の場合、頸動脈に問題がないため、薬物療法はせず、経過観察を続けました。13年たち67歳となった現在、総コレステロール288mg/dL、LDL185mg/dLとやや高めながら、頸動脈に問題はなく、治療なしで元気に過ごしています。
教えてくれた人:田中裕幸さん
たなか・ひろゆき 1954(昭和29)年生まれ。ニコークリニック院長/循環器専門医。長崎大学医学部卒業。九州大学医学部皮膚科、久留米大学第三内科(循環器)を経て、医療法人ニコークリニック開業。日本性差医学・医療学会評議員、更年期と加齢のヘルスケア学会幹事、女性医療ネットワーク理事などを務める。著書に『男は40代、女は50代から悪玉コレステロールの罠にはまるな』(青萠堂刊)。
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部)
※この記事は雑誌「ハルメク」2019年4月号に掲載した記事を再編集しています。
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