私らしく、美しく。
小谷実可子「挑戦は自分に自信をくれる!いつまでもピュアでクリアでいたい」
小谷実可子「挑戦は自分に自信をくれる!いつまでもピュアでクリアでいたい」
公開日:2025年06月17日
56歳でのマスターズ挑戦。きっかけは燃え尽き症候群だった
―長い手足、末端までピンと神経が行き届いた指先、ぶれない体幹。カメラマンのリクエストに応えて180度の開脚をしながら、頬杖をつくという驚きのポーズも。水の中とはまた違った美しさを放つ小谷さんにスタッフ一同、感嘆の声。「現役アスリート・小谷実可子」は、人は生きがいと充実感と喜びがあれば、何歳になっても進化し、美しくいられることを体現していた。

56歳のとき、「世界マスターズ水泳選手権2023九州大会」に出場しました。現役を引退してから、30年ぶりの競技復帰。オリンピック選手だったときは銅メダルが最高でしたが、マスターズではチーム、ソロ、デュエットの3部門で3つの金メダルを獲得でき、うれしかったです。現在は、今年(2025年)7月に行われるマスターズのシンガポール大会に向け、練習に精を出しています。今回は4つの金メダル獲得を目指しています!
そもそも私がマスターズに挑戦したのは、2021年の東京オリンピックの後に燃え尽き症候群のような状態になったからでした。オリンピック組織委員会のスポーツディレクターという大変なお役目をいただき、ものすごく貴重な経験をさせてもらいましたが、コロナ禍での開催ということもあり、毎日毎日が本当に大変で、選手として出場する方が100倍ラクだと思ったほど。そして全力で取り組んでいた分、終わった後には心が空っぽのような状態になってしまったんです。
これじゃいけない、何か自分を前向きにできるような目標を持たなければ……。そう思っていたところにマスターズの日本開催というご縁もあり、よし、じゃあ挑戦してみよう、と。
50代の挑戦が与えてくれたもの
いざ、練習を始めてみたら、もう楽しくて楽しくて。もちろん、体を再び鍛え上げていくのは簡単なことではなく、最初は“足のつり”との戦いでした。ちょっと練習しただけで足がつってしまうんです。
以前の日本代表時代だったら、トレーナーが飛んできてすぐにケアしてくれましたが、今となっては自分で何とかするしかありません。市販の磁気パッチを貼ったり、足がつりにくいものを塗ったり飲んだりして、工夫しました。全部自腹だから、ドラッグストアのポイント10倍デーの日に買ったり、15%引きクーポン券を利用したりして、主婦としての知恵も生かしました。
そうやって1、2か月練習していくと、初めは30分でつっていたのが1時間に延び、さらに1か月後には2時間の練習中、一度もつらなくなってきました。そして最初はできなかった足技もどんどんできるようになってきたんです。
50歳を過ぎても、体は進化する!と、感激しましたね。まさか、自分がここまで動けるようになるとは思ってもいませんでした。
長いブランクでいったん“ゼロ”になったからこそ、体の変化がよくわかるんです。最初のマスターズで金メダルを取ったときは、自分が目指していた“100%”のところまで来たと思いましたが、それから2年経った今は“750%”くらいかな。
実はオリンピックの現役時代より難しい技ができるようになっているんです。若い人たちと組んで練習することで私自身の技術も引き上げられている、短い時間の中で集中して練習している、そして何より練習が楽しくて仕方ないことが、成長の原因かなと思っています。日々、刺激的、そして感謝です。

更年期の不調も、それらしきものは思い当たらないんです。たぶん更年期の体の変化より、練習での負荷の方が大きいから、感じなかったのかもしれないですね。時々、難しい会議の後に頭痛がしたり、緊張した後に肩こりや疲労を覚えたりすることはありますが、そんなときは筋トレに行って負荷をかけています(笑)
50代でのマスターズ出場は自分自身への挑戦だと思っていましたから、周りの方がそのことに興味を持ってくれたり、応援してくれたりするなんて、最初は思ってもいませんでした。でも、会う人会う人が「がんばってね」とか、「私も元気をもらいました」と言ってくださる。それが本当にうれしいんです。
演技を見て「美しい」と言ってもらえると、ああ、みなさんが「美しい」と思うものをお見せできているんだと、私自身、大きな励みになります。
オリンピック選手のときは、日本代表としてメダルを取ることが使命と考えていましたが、今は自分を表現できて、かつ美しく見せられる特技がアーティステックスイミングなんだと思っています。
まさに自分自身の喜びのため。そして、そのことが周りの方々をも笑顔にし、勇気づけることにつながっていることに大きな喜びと充実感、生きがいを感じています。私は今が一番幸せです。
―以前も今も、演技で見る者に感動と勇気を与え続けてくれている小谷実可子さん。記事後半ではそんな小谷さんにとっての「美しさ」と、「これからの小谷実可子」に迫る。冒頭に触れた「180度の開脚をしながら、頬杖をつく」ポーズも圧巻だ。
忙しい毎日だからこそ、素の自分はピュアでクリアでいたい
―「自分を表現できて、かつ美しく見せられる特技がアーティステックスイミング」。ところで小谷さんにとっての「美しさ」ってなんですか?

私にとって美しさとは「人の中から醸し出される雰囲気」。顔がきれいとか、服がきれいとかではなく、その人がまとっている雰囲気こそが美しさだと思っています。なんだか吸い寄せられて、もっとこの人を見ていたいと思う、そんな人にすごく魅力を感じるんです。
スポーツの場でも、普段の電車の中でも、会議のときも、雰囲気のきれいな人、きれいなオーラが出ている人をよく探しています。そして、できることなら私自身もそうでありたい。人としてピュアでいたい、クリアでいたいと思っています。
私は今、日本オリンピック委員会(JOC)常務理事やアーティステックスイミングの指導など、15の役職と仕事を兼任しています。日によって被るハットが異なっていて、戦わなければいけないときもあるし、自分を人より大きく見せないといけないときもあります。でも、いろいろな立場の顔を持つがゆえに、仕事が終わった後は素の自分に戻りたい。透明で自然体の自分でいたいと思っているんです。

26歳のとき、バハマの海で野生のイルカに遭遇しました。イルカは服も着てない、メイクもしてない、「すごいでしょ」と自慢したりもしない。ただそこにいるだけで私を笑顔にし、すごく幸せな気持ちにしてくれました。
あのとき思ったんです。肩書でも実績でもない、ただそこにいるだけで自然と周りの人を笑顔にできる、そんな人になれたらいいな、と。今、心の底からアーティスティックスイミングを楽しみ、それを見た方が自然と笑顔になってくれている。もしかしたら、私も少しはイルカに近づけている? そうだとしたら、うれしいですね。
「50歳」は折り返し地点ではなく、次のステージへのステップ

現在、練習は多いときで週に3回くらい、少ないときは2週間ほど水に入れないときもあります。プール探しから予約まで全部、自分でやっているんです。私はちょっとでも時間があれば、すぐやる、すぐ動く性質(たち)です。やらないといけないことを付箋に書いて手帳に貼り、それをどんどん剥がしていくんです。
忙しい人生ですが、こうやって50代で新たな挑戦を始め、自分の成長を日々感じられると自信につながります。自信を持つと、自分自身が輝いてくるし、もっとがんばってみよう、もっと外に出て行ってみようと、心の扉が開いていきます。
がんばれることがあるというのはすごくいいことだなと、身をもって感じているんです。年齢なんて気にせず、何でもいいから、これだったらがんばれそう、がんばってみたいと思うものを一つ見つけてやってみる。絶対におすすめですよ!

50歳というのは人生の折り返し地点だと以前は思っていましたが、今は折り返しではなく、次のステージへのステップだったと思っています。もう少しで還暦ですが、60代にはまた次のステップに進めると思うと今から楽しみです。60代でもマスターズの金メダル、取りたいですね!
でも、一つ不安もあります。今はかつての選手時代のように高いレベルの演技を目指し、日々筋肉痛になるくらい真剣に練習をしていますが、このペースで「今よりいいものを」と目指していったら、どこかでポキッと心が折れてしまわないか、と。
50代以上の海外選手はみんなもっとのんびり楽しそうにやっていて、私もいつかそういうふうになりたいというイメージはあるんですが、いつそちらに切り替えたらいいのかがまだわからなくて。不安ではあるけれど、でもまあ、泳いでいればどうにかなる!そんなふうに今は思っています。
取材・文=佐田節子 写真=岡本隆史 ヘアメイク=住本由香(MARVEE) スタイリスト=林かよ 企画・構成=橘美波(HALMEK up編集部)




