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1969年、日本で初めての電話相談会社「ダイヤル・サービス株式会社」を創業した今野由梨さん。今野さんが幼少期に体験した戦争以来、と感じた苦しいコロナ時代。多くの人が考えている「自分の役割」や「人のために生きる」ということについて伺います。
今野由梨(こんの・ゆり)さんプロフィール
ダイヤル・サービス株式会社代表取締役社長。1936(昭和11)年、三重県桑名市生まれ。津田塾大学英文学科卒業。69年にダイヤル・サービス株式会社を設立。本業の傍ら政府の諮問委員や地方自治体の委員などを50以上受任し、2007年に旭日中綬章を受章。
9歳で、私は一度、死にました
※インタビューは2021年10月に行いました。
私は1936(昭和11)年、三重県桑名市で生まれ、美しい山、川、海、優しい人々に包まれて、のびのび暮らしてきました。ところが、私が小学校1年生になった頃からアメリカとの戦争が激しくなり、人々から優しさ、明るさが消えていくようになりました。
そして45年7月17日がやってきました。真夜中、母の叫び声に飛び起きると、窓の外はすでに火の海。アメリカ軍の空襲で、家も学校もお寺も、街も山も灰になりました。
逃げ惑ううちに家族とはぐれてしまいましたが、見知らぬ男性に助けられ、家族とも再会できました。
私はこの日、一度死んだと思っています。9歳で第一の人生を終え、第二の人生を始めることになったのです。なぜ生かされたのか、私はその意味を考えるようになりました。絶対に今夜のことを忘れてはいけない。そして私は自分のなすべきこと、進むべき道を考えるようになりました。
母から学んだ「自分の身を捧げて人のために働く」ということ
その後、私の心を苦しめたのは飢えでした。食べ物がないのです。みなさんの中にも本当の空腹、飢餓の地獄を体験なさった方がいらっしゃると思います。
飢えは人を獣にします。
私自身も獣だったと思います。母は自分の大事なものをすべて食料に換えて、私たちを食べさせてくれました。
近所には若いお父さんが戦死して、幼い子どもだけが残された家庭が何軒もあり、母は、我が家の大事な食料を、近所の子どもたちに配っていたのです。それを見て私は泣き叫びました。「私の食べ物をよその子に持っていかないで!」と。
母は「お前にはお父さんやお母さんがいる。絶対に飢え死にはさせないよ」と微笑んでくれましたが、私には、どうしても納得ができませんでした。
数年後のある日、素敵な若者3人が、私に突然駆け寄ってきて、こう言ってくれました。「由梨さん、自分たちがこうやって生きてこられたのは、あなたのお母さんのおかげです。本当にありがとう」と。
私は、うれしさと同時に恥ずかしさでいっぱいになり、そのとき自分の身を捧げて人のために働くことを決意しました。そして69年、32歳で今の会社を設立、その翌年に日本で初めての電話育児相談サービス「赤ちゃん110番」を立ち上げました。
未曽有の苦しみから多くのことを学び自分の役割を見つめ直す
当時は、高度経済成長の真っただ中。全国の若者たちは金の卵ともてはやされて都会に集まっていました。急激な核家族化で子育ての相談をする人もなく、ノイローゼに陥った母親が我が子を殺して駅のロッカーに放置するという事件があちこちで起きていました。
私自身は子どもはいませんでしたが、同世代の女性としてそれを放置するわけにはいかず、悩み苦しむ母親たちの相談相手になるサービスを作ろうと思ったのです。
内科、小児科、婦人科、精神科などの医師、専門家を集め、徹底的に育児の悩みを分析してスタート。初日から全国からコールが殺到し電話回線がパンクするほどでした。
それ以来さまざまな電話相談を立ち上げ、延べ数千万の方に寄り添って50年以上。私も85歳になりましたが、戦争を除けば、これだけ世界中の人が同時に苦しむ、コロナ禍のような経験をしたことはありません。
不謹慎と思われるかもしれませんが、私は「サンキューコロナ」と言いたいのです。多くの人が今なお苦しみ、亡くなった方もたくさんいらっしゃいます。しかし多くの方が新しい経験をして、多くを学び、また自分の役割を見つめ直したりするきっかけにもなっているからです。
瀕死の友人に「何してるの!」と怒鳴った本当の理由
2020年の夏頃です。長年親しくしている北海道の友人から電話がかかってきました。地元の活性化の中心となって尽力してきた共通の友人が、コロナ禍で外出もままならず、うつになり、それが原因でもうこの先長くないと。「死ぬ前に一度、今野さんに会いたい」と言っていますが、どうしましょうかと。
コロナ禍で、移動が制限されていた時期ですが、私はすぐに北海道に飛びました。不要不急どころではないですから。
そして、その人をひと目見て「あっ、もう本当に死んでしまうのだ」と思いました。その瞬間、私はものすごく腹が立って、思わず怒鳴ってしまいました。
普通だったら、死ぬ前に会いたいと言われて来たのだから「大丈夫?」とか、「大変ね」とか「がんばろうね」という声を掛けますよね。そういう言葉は全く出てきませんでした。
いきなり「何してるの?こんなときに!」「こんな時代こそ、地域の人たちの叫びに耳を傾けて、手を差し伸べるのがあなたの役割でしょう!」「そのあなたがなんで真っ先に死ぬのよ!」と怒鳴っていました。
私の剣幕に驚いたのか、彼もこわごわ、「ごめんなさい」と。
まわりの人から聞いていたのですが、彼は一人暮らしをしていて、コロナで外出できなくなってからは朝から晩までテレビ漬け。「高齢者が一番危ない」とか、「基礎疾患を持っている人が重症化する」など、朝から晩まで、ネガティブな情報ばかりが流れてくる。
それを聞いていると、「一番最初にやられるのは自分だ」と思えてきて、どんどん悪いスパイラルに入り、気が付いたら、死が間近に迫る状態になってしまっていたんです。それを聞いて、私はよけいに腹が立ってしまいました。とても明るく活発な人でしたから。
「あなたいくつなの?!」。「69です」と。私は「クソガキのくせに!」と怒っていました。本当にひどいと思うけど、私は85歳ですから、私から見たら「ガキ」ですよね。
「どこが高齢者よ!」「何が基礎疾患なの?」「あなたは私が50年前から何度となく余命宣告を受けながらがんばっているのを知っているわよね!」
自分で自分を高齢者、弱者と決めてはいけない
さらに私は続けました。
「今日から、テレビは消して、一歩でもいいから外に出なさい。そうしたら、あなたがこれまで大事にしてきた地域・社会の人たちが、どんなに苦しんでいるかわかるでしょう。大人も子どもも若者も自殺者がこんなに増えてしまっている現実を受け止めてあげなさい。あなたがやるべき仕事がいっぱいあるでしょう!」と。
そして、「どんな小さいことでもいいから、毎日必ず何か誰かの役に立って、ありがとうと言ってもらいなさい。あなたに今、死んでいる暇なんかありません」と言いました。
「何もなかった日は、動物たちでもいいから、優しく接したり、話しかけたりして、ありがとう、と言わせなさい。私は毎日、9時までに家に帰れた日には、必ずあなたに電話するから、その日のことを報告しなさい」と。
それ以来、私が約束通り電話をすると、彼は待ち構えていて、ベルが2つと鳴らない早さでパッと電話に出て、その日にあった事を報告してくれるようになりました。
あれから1年半以上たちましたが、今はもう別人。驚くほど元気に活躍してくれています。自分で高齢者、弱者と決めてはいけないのです。人は役割を持てば生きる気力が湧いてきます。
次回は、私が起業するまでと、それぞれの人に必ずある役割についてお話しします。
取材・文=原田浩二(ハルメク編集部)
※この記事は「ハルメク」2021年12月~2022年2月号に掲載された「こころのはなし」を再編集しています。
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