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- 村木厚子さん「誰かのために動けてこそ、強くなれる」
郵便不正事件で無罪判決を受けた村木厚子さん。2015年厚生労働省事務次官を退官した後も、多忙な日々を送っています。「心が揺れたとき、座標軸をよそにゆだねずに自分の中に持ち続けようと決めた」と当時を振り返りつつ、今社会に必要なことを考えます。
今、村木厚子さんはどんな日々を送っている?
――雑誌「ハルメク」の連載「毎日はじめまして」を執筆中の、村木厚子さん。「いつもは文章だけですから、顔を出して読者のみなさんにごあいさつするのは初めてですね」と、満面の笑みでお話が始まりました。
今、2つの大学で教壇に立ち、3つの企業で社外役員として働き、そして瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)さんと共に「若草プロジェクト」の代表呼びかけ人を務めて、生きづらさを抱えた少女や若い女性を支援する活動をしています。
60歳で退官した当時はもう少しゆとりのある働き方を思い描いていたんですが、いつの間にやら忙しくなっていました(笑)。
中でも、教える仕事は以前からやってみたいと考えていたので、話があったときはありがたくお受けしました。
津田塾大学ではピカピカの1年生の女子を、社会福祉教育が専門の日本社会事業大学では、専門職大学院で社会人のクラスを担当しています。社会人の方は仕事を終えた後の夜の授業なのに疲れも見せず、視野を広げて現場に生かそうと真剣そのもの。私もそれに応えようと、例えば「最新の政策を学ぶ」がテーマの授業では厚労省時代の後輩を呼んで話をしてもらいます。
公務員は政策の裏側で黒子になって働くもの、と思って私は仕事をしてきましたが、生徒たちは政策を作る過程の彼らの葛藤や取り組む情熱に強く反応してくれて。こんなふうに思いを表に出すことは、共感や理解を得るには大切なのだなと感じました。
164日間勾留された郵便不正事件を振り返る
2009年の郵便不正事件で勾留された164日間は、終わりの見えないトンネルに入っているようでしたが、今振り返ると、気付きの多い出来事だったとも思います。
勾留されてすぐの頃、「私は変わったか」「私は失ったか」と自分自身に問いかけました。
私は何も変わっていない、検察やマスコミが間違っているだけ、勾留されて失ったものはあるかもしれないけれど、私はまだたくさんいろんなものを持っている。
この答えを出せたことが、私にとって、とてもよかった。マスコミが何を書こうと、検察が何を言おうと、他人がどう思おうと、それらに自分の人生をゆだねちゃいけない、座標軸は自分の中に持ち続けようと決めたのです。あれほど自分が追い込まれる場面は日常生活にないだけに、この事件があったから、深く考えることができたのでしょう。
また、自立した生活をし、仕事でも公務を通して「支える側」にいると無意識に思っていた自分が、一夜にして「支えられる側」になったことも強烈な体験でした。家族や弁護士をはじめ多くの人が支えてくれました。
もちろん、支えてくれる人がいるからがんばれるのですが、私が「絶対もう大丈夫」と思えたのは、心配している二人の娘のために、「お母さんとしてちゃんとしていなきゃ」と思った瞬間でした。人間は「支えてもらう人」と「支えてあげる人」の2種類がいるのではなくて、一人の人間が両方持っていて、「誰かのために、自分は何かができる」と思えると強くなれるんだと、実感しました。
以前、雑誌「ハルメク」の連載で、島根県の助け合い活動「おたがいさま」と、鹿児島県の「WE DO」の活動を紹介しました。どちらも行政や企業に頼るだけでなく、自分たちもできることをやっていこう、と実践しています。困っていることは、声に出してつぶやいてみる。すると「私でよければ」と手伝う人が現れたり「こうしたらどうだ」と助言してくれる人生の先輩が現れたり。その積み重ねで、地域が支え合い、助け合うことに成功しています。
定年退職後の同窓会は出席率が上がるそうですが、ゆとりが生まれた時間をできる範囲でいいから「ちょっと、誰かのために」使う。この“ちょっと”をみんなが始めたら、どうなるでしょうね。私の経験から言うと、同世代の友人や先輩との「最近、何してる?」という何気ない会話から、意外とお手伝いのきっかけが見つかります。
「苦しむ友人を助けるには」大阿闍梨の答えとは
あの事件の後、2度満行した比叡山延暦寺の大阿闍梨(だいあじゃり)酒井雄哉(さかい・ゆうさい)さんと対談する機会に恵まれました。そのときに酒井さんが「恕」という一字を色紙に書いてくださったんです。思いやりの心を持つという意味だそうで、漢字に口(くち)があるように女性の優しさを持って言葉に出していくことが大切なんだよ、と教わりました。
この対談には娘も同行していたのですが、娘は酒井さんに「とても苦しんでいる友人がいるのだけど自分に何ができるかわからない、どうしたらいいでしょうか」と尋ねたんです。
すると酒井さんは「一緒に歩いてあげれば」とお答えになりました。向かい合うのでなく、並んで歩くことで何かが見つかることってあるんだよ、と。深い意味合いがありますよね。物理的に歩くことだったり、離れずに一緒に居てあげることだったり、心を寄り添わせてどこかで接点を持っておくことだったり。話を聞いて、娘もそれならできるかも、と思ったようです。二人してこの言葉を大切に持ち帰りました。
支え合うこと、声に出すこと、一緒に歩くこと。どれもこれからの社会には必要なことだと、私は思います。貧困や虐待などでSOSを出している子どもたちや若い女性がいます。子育てに奮闘中の若いカップルや、人口の少ない地域で困っている高齢者がいます。私たち世代の力が何かの呼び水になったら、素敵なことですよね。
「ありがとうね」。村木さんは取材の後、軽やかな足取りで次の仕事へ向かいました
村木厚子(むらきあつこ)さんのプロフィール
1955(昭和30)年、高知県生まれ。78年に旧労働省に入省。結婚、出産、育児をしながら仕事を続ける。2009年6月、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課長のとき、実体のない障害者団体が障害者のための郵便割引制度を悪用して数十億円以上の支払いを免れていた事件が発覚。この団体に偽の証明書を発行したとして逮捕される。
同年11月、164日ぶりに保釈。その後、検察側の証拠改ざんが発覚、10年9月に無罪が確定。同月に復職し内閣府政策統括官就任。12年9月に厚生労働省社会・援護局長、13年7月に厚生労働事務次官に就任。
15年10月退官後は、企業の社外取締役や大学客員教授等に就任。またSOSを心に抱えた少女や若い女性の支援を目的とする「若草プロジェクト」の代表呼びかけ人を、瀬戸内寂聴さんと共に務め、現在に至る。
取材・文=前田まき(ハルメク編集部) 撮影=中西裕人
5月26日(金)村木厚子さんの講演会を開催します!
突然、自身に起きた冤罪事件をどのように乗り越えたか、「若草プロジェクト」の取り組み、そして人生後半、誰かのために何かしたいという思いを叶えるためのアドバイスまで、村木厚子さんにたっぷりお話を聞ける貴重な機会です。ぜひご参加ください!
>>>会場参加の詳細はこちら
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※この記事は、雑誌「ハルメク」2019年10月号を再編集しています。雑誌「ハルメク」は定期購読誌です。書店ではお買い求めいただけません。詳しくは雑誌ハルメクのサイトをご確認ください
雑誌「ハルメク」
女性誌売り上げNo.1の生活実用情報誌。前向きに明るく生きるために、本当に価値ある情報をお届けします。健康、料理、おしゃれ、お金、著名人のインタビューなど幅広い情報が満載。人気連載の「きくち体操」「きものリフォーム」も。年間定期購読誌で、自宅に直接配送します。雑誌ハルメクサイトはこちら
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