今だから出合えた「年を取ったなりの面白さ」
2023.10.202023年10月20日
【シリーズ|彼女の生き様】原田美枝子#5
丁寧に、一生懸命に「今を生きる」だけでいい
心と体を バラバラにしないことが 何より大事だと思います
乗馬の大会で小学生の男の子に
負けて悔しい思いも
――長い間、子育てと仕事に時間を使ってきた原田さんにとって「初めて持った趣味であり、唯一の趣味」が乗馬。40代から始めて乗馬歴はすでに17年になります。
子どもたちの手が少しずつ離れ始めた頃、仕事以外に夢中になれる趣味が欲しくて始めたのが乗馬でした。今は仕事がなければ、週2回ほど練習に通っています。馬に乗っていると、体幹が強くなってバランス力も鍛えられるので、体調を整えるのにすごくいいトレーニングになっていますね。
他にも乗馬の魅力はたくさんあります。まず大きな動物のそばにいると、それだけで心が癒やされます。そして当然ながら、馬と人は言葉が通じないので、お互いのことを思い合い、言葉を使わずにコミュニケーションを取らなければいけません。とても大変なんですが、大変な分、馬と私で気持ちがうまく通じ合ったときは本当にうれしいです。
もちろん相手は生き物だから、その日の体調や気分によって、こちらの指示がまったく通じないときもあって、何十回も落馬を経験しました。それでも馬と一緒に気持ちを合わせていくのが楽しいし、何よりもっと上手になりたくて、ケガのリスクがあってもずっと続けています。
これまで小さな大会にも出場してきました。馬術というのは、男女の区別がなく、年齢もまったく関係ないスポーツです。前に一番下のクラスで大会に出場して、私が4位になったときは、1位から3位までが全員10代で、3位は小学生の男の子でした。入賞できなかったのはくやしかったですけど、年齢も職業も関係なく、10代の子たちと並んでいられる自分が、何だかうれしかったですね。
自分の声に耳を傾け、
心と体をバラバラにしない
――年齢を重ねると、体のあちこちに不調が出てきて、どうしても体のケアに関心が向きがちですが、「体ばかりでなく、心をケアすることも大事」と原田さんは言います。
心と体はつながっていますから、体を心配するだけではなく、もっと自分の心の声に耳を傾けてあげるべきだと思います。私は時々、スマホやパソコンなどを全部シャットダウンして、音のない世界で自分の心の声を聴くようにしています。すると、心と体がいろいろなことを発してくるんで す。
例えば、肩が重いとか、首が痛いと感じるときは、何かを抱えて込んでしまっていたり、お腹の調子がよくないときは、心のどこかに消化しきれない思いがあったりするものです。他にも、のどの調子がよくないときは、本当は言いたいのに言えていないことがあったり、耳の調子が悪いときは、聞きたくないことがあったりするんですね。
体は心に対応していますから、自分でも気付いていないような心の不調やストレスが、体に出てくることがよくあります。だから体をケアするだけでなく、自分の心の声をちゃんと聞いて、労わってあげた方がいい。心と体をバラバラにしないことが何より大事だと思います。
悪口を言うより、
いいところを見つけ出したい
――子育てや親の介護を終え、60代半ばを迎える原田さんに、これからの目標を尋ねると、「何ごとにおいても、いいところを見つけたい」という答えが返ってきました。
人間って悪いうわさや悪いニュースが好きで、ともすると物事をネガティブに考えてしまいがちだと思うんです。やっぱり悪いことって誰にでもわかりやすいし、文句を言ったり、批判したりしやすいじゃないですか。反対に、物事のいいところを見つけるのって案外、難しいことだと思うんです。
かつて黒澤明監督から聞いて、とても印象に残っているお話があります。
昔、ある助監督さんが「あの映画はつまらなかった」「この映画は最低だった」と、自分が見てきた映画の悪口を言っていたんですって。そしたら黒澤監督が「悪いところばかり批判しても、自分が育たない。どんなにつまらない映画でも、いいところが1個はあるはずだから、それを見つけなさい。悪いところは誰にでもわかる。でもいいところは、自分の目を養わないと見つけられないんだよ」と言ったそうです。
まったくその通りだと思うんですね。年を重ねて、たくさんの経験を積んだ今、何ごとにおいても、否定的にとらえるのではなく、私はもっといいところを見つけ出したい。そんな思いでいるんです。
自分を取りまく状況も、悪い方に考えれば、悪い方に動くし、よい方に考えれば、よい方に動くものだと思います。だから言葉一つとっても、「もう疲れた」とか「冗談じゃないわよ」とか否定的なことはなるべく言わず、「楽しかったね」「幸せだね」と、いい言葉を発していきたい。年を取っていくこともネガティブにとらえず、心を開いて新たな発見を楽しみたいですね。
取材・文=五十嵐香奈 写真=中西裕人
構成=長倉志乃 スタイリング=坂本久仁子 ヘアメイク=徳田郁子
【シリーズ|彼女の生き様】
原田美枝子《全5回》
原田 美枝子
はらだ みえこ
東京都生まれ。1974年にデビュー以降、映画、ドラマ、舞台で活躍。76年映画「大地の子守歌」「青春の殺人者」でキネマ旬報主演女優賞など9賞を受賞。85年、黒澤明監督「乱」に出演。98年「愛を乞うひと」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など受賞多数。近年の出演作に映画「百花」「そして僕は途方に暮れる」、ドラマ「ちむどんどん」「雲霧仁左衛門6」、舞台「誤解」「桜の園」など。自ら制作・撮影・編集・監督を務めたドキュメンタリー映画「女優 原田ヒサ子」が、Netflixにて配信中。
【衣装】ワンピース※店舗限定・シューズ(ファビアナフィリッピ/アオイ 03‐3239‐0341)、ピアス・ネックレス・ブレスレット(シンティランテ/イセタン サローネ東京ミッドタウン03‐6434‐7975)