【シリーズ|彼女の生き様】原田美枝子#3

大先輩の死が導いてくれた…大人の心の守り方・甘え方

大先輩の死が導いてくれた…大人の心の守り方・甘え方

公開日:2023年10月20日

大先輩の死が導いてくれた…大人の心の守り方・甘え方

私の人生観を変えた優作さんの死

――原田さんが最初の子どもを産んだ翌年、兄のように慕っていた俳優の松田優作さんが40歳という若さでこの世を去りました。“命の誕生”と“身近な人の死”を立て続けに経験したことは、原田さんの人生観を大きく変えていきます。

21歳のときにテレビドラマ「北の国から」(1981-82年放送回)で、松田(当時は熊谷)美由紀さんと共演して親しくなって以来、優作さんは親友の恋人・夫であり、俳優としても頼れる先輩でした。

優作さんががんを患っていることは半年ほど前から知っていましたが、私は絶対に治ると信じていたんです。

優作さんの早過ぎる死は、私の人生観を変えるくらいショックな出来事でした。仕事でどうしようかと迷ったときや悩みを抱えたときに相談していた優作さんが突然いなくなり、私はこの先どうしたらいいんだろうと、わからなくなってしまいました。

一方で、出産を経験して“命ってすごい”“生きるってすごい”と身をもって感じていたときに、今度は身近な人の死に直面し、“死ぬって何だろう”“死ぬまでどう生きればいいんだろう”という根源的な問題を、真剣に考えるようになりました。

優作さんに導かれるように出合った座禅と仏教

――大切な存在を失って、あらためて生きることの意味を考えるようになった原田さんは、導かれるように座禅と出合います。

優作さんは亡くなるまでの2年くらい禅堂に通っていました。私が初めてそこを訪れたのは、お通夜や告別式が終わってしばらくたった頃。優作さんの遺骨は納骨までその禅堂に預けられていたんですね。お墓と納骨が決まり、美由紀さんから「お骨を取りに行くんだけど、付き合ってくれない?」と誘われた私は同行させてもらうことにしたんです。

そのとき、「座ってみますか」と禅堂の先生に言われ、訳がわからないまま座禅をしました。訳がわからなかったけれど、なんだか自分の気持ちが変わっていく気がして面白いと感じました。

一方で、私の中には、優作さんを供養したい、お線香をあげるだけじゃなく何かを伝えたいという思いもありました。供養という言葉は知っていても、いったいどうすればいいのかわからなかったんですね。

だから自分がもっと変わりたいという気持ちと、優作さんの供養のために何かしたいという思いから、禅堂の先生のところに通うようになりました。それが私と仏教との出合い。座禅と仏教を通して、私のものの見方や考え方は180度変わっていきました。

体幹と同じように、心の芯を整えることが大事

――禅堂の先生に教えを請い、座禅を始めたことは、その後の原田さんに多大なる影響をもたらします。

最初の頃は座禅を組んでも、無心になるどころか、いろんな考えが次々と浮かんできて頭がグラグラ揺れ始め、ちゃんと座ることもできませんでした。どうしてなのか先生に聞いてみると「何でも頭で考えるから、頭が重いのだ」と言われました。損得や良い悪いを頭で考えるのではなく、直感に任せることが大事なのだと。

直感を磨くには、自分の中の芯を正さなければいけません。よく体では体幹を整えることが大事だといいますよね。それと同じで心の芯をまっすぐに整えることが大事。心の芯のバランスがとれると、こうあるべきだという自分の物差しや人に振り回されることがなくなり、自然にまかせて生きていけるようになる、と教わりました。

体を整えるのも大変ですが、心はもっとやっかいです。過去から蓄積されてきた生き方のクセや考え方のこだわりは、なかなか矯正できませんから。心をリセットするにはとても時間がかかります。

「自分が自分が」と肩に力を入れなくていい

――知らないうちに思い込みやモヤモヤを抱えてしまいがちな心をリセットするために、原田さんは毎日、座禅を欠かさないといいます。

私が朝と晩に座禅をするようになって、もう30年以上になります。顔を洗って歯を磨くのと同じように、心を洗い流すのです。5分でも10分でもいいですが、できれば30分くらい、体の力を抜き、静かに目を閉じて座ります。朝起きたら心を整えて今日一日のスイッチを入れ、夜はその日にいろいろあって考えたり、疲れたりしたものを全部洗い流す。すると布団に入ってからスッと寝られるので、翌朝すっきり目が覚めるんです。

私は禅堂の先生から「仏さまに心で求めれば、心に答えが返ってくる」と教わりました。それは「信じる者は救われる」というキリストさまも同じですね。困っているとき、苦しいときに、「助けてください」と心をゆだねれば、助けてくれるのだと思います。

仏さまもキリストさまも、「大丈夫、大丈夫」と心の手を握ってくれるような存在。子どもの頃に何か助けてほしいことがあれば「お母さーん」と呼んで、するとお母さんが「よしよし、どうしたの」と寄り添ってくれたじゃないですか。それと似ているかもしれません。私たちはいくつになっても甘えていいんです。

長く生きていると、知らず知らずのうちに両手で抱えきれないほどの荷物を抱え、自分を守るための鎧(よろい)を何重にも身に着けることになります。でも、そのままでは重たくて前に進めません。まずは荷物をおろし、鎧を脱いで、ゆっくり座って心をゆだねる。「自分が自分が」と無理をして肩に力を入れなくてもいいのだと思います。

――子育てもひと段落した50代、原田さんは徐々に認知症が進んでいく母と向き合うことになります。ショックを受けながらも、最愛の母のために、そして自分のために取り組んだ「新たな挑戦」とは?

取材・文=五十嵐香奈 写真=中西裕人 構成=長倉志乃 スタイリング=坂本久仁子 ヘアメイク=徳田郁子

【シリーズ|彼女の生き様】原田美枝子《全5回》

  1. 今だから出合えた「年を取ったなりの面白さ」
  2. 「死にたい」と苦悩することが「傲慢」だと気付いた日
  3. 大先輩の死から得た教え…大人の心の守り方・甘え方
  4. 認知症になった母の「負けるもんか」に動かされて
  5. 丁寧に、一生懸命に「今を生きる」だけでいい

原田 美枝子

はらだ みえこ

東京都生まれ。1974年にデビュー以降、映画、ドラマ、舞台で活躍。76年映画「大地の子守歌」「青春の殺人者」でキネマ旬報主演女優賞など9賞を受賞。85年、黒澤明監督「乱」に出演。98年「愛を乞うひと」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など受賞多数。近年の出演作に映画「百花」「そして僕は途方に暮れる」、ドラマ「ちむどんどん」「雲霧仁左衛門6」、舞台「誤解」「桜の園」など。自ら制作・撮影・編集・監督を務めたドキュメンタリー映画「女優 原田ヒサ子」が、Netflixにて配信中。

【衣装】ワンピース(エルマンノ フィレンツェ/ウールン商会03‐5771‐3513)、ピアス・ネックレス・リング(すべてレスピロバイシンティランテ/イセタンサローネ東京ミッドタウン 03‐6434‐7975)

#2

「死にたい」と苦悩することが「傲慢」だと気づいた日

#4

認知症になった母の「負けるもんか」に動かされて

HALMEK up編集部
HALMEK up編集部

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