【シリーズ|彼女の生き様】原田美枝子#2

「死にたい」と苦悩することが「傲慢」だと気付いた日

「死にたい」と苦悩することが「傲慢」だと気付いた日

公開日:2023年10月20日

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「死にたい」と苦悩することが「傲慢」だと気付いた日

15歳でデビュー。大好きだった高校を退学することに

――もともと引っ込み思案だったという原田さんが、芸能界に入ったきっかけは、中学時代に夢中になった映画「小さな恋のメロディ」でした。映画を見た翌年、出演していた俳優マーク・レスターの「相手役募集」という新聞広告を見て、思い切って応募。最終選考で落ちたものの、芸能事務所に所属することになったのです。

私が映画「恋は緑の風の中」でデビューしたのは15歳のとき。当時は都立工芸高校に通う高校1年生でした。普通科ではなく工芸科を選んだのは、兄が通っていたこともありますが、自分で木のいすを作るのが卒業制作になっていて、それに憧れたから。ねずみ色の作業服を着て、木を削るための鉋(かんな)の刃を研いだりするのは楽しかったですね。

ところが、仕事が忙しくなると出席日数が足りなくなり、追い出されるように大好きな高校を退学することに。それから仕事と両立できる学校を探して、転入したのが午前・午後・夜間の都合のいい時間に出席できる都立代々木高校でした。

そこでは、戦争で学校に行けなかったご夫妻が高校受験をして勉強しにきていたり、夜勤明けの看護師さんが通ってきていたり、年齢も立場もいろんな人がいて、自分が特別なんだと思わなくてすむようになりました。

「死んでしまいたい」と悩んだ私を救ってくれた人

――仕事はどんどん忙しくなり、16歳で増村保造監督の映画「大地の子守歌」(1976年)、続いて長谷川和彦監督の「青春の殺人者」に出演。この2作で原田さんはキネマ旬報主演女優賞をはじ め9つもの賞を受賞します。一方で、映画の中で裸になったことなどがマスコミで注目され、「自分が何なのか、訳がわからなくなってしまった」と振り返ります。

いくつも賞をもらったことで「すごい...

HALMEK up編集部
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